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拉致から40年 家族の再会へ全力を

 横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されて今日で40年になる。

 事件のことを思うときその都度、胸に突き刺さってくる言葉がある。母親の早紀江さんが11年前、米下院外交委員会の公聴会で述べた。

 「娘は工作船の暗い船底に閉じ込められ『お母さん、助けてお母さん』と壁をかきむしって、絶叫し続けて、暗い海を運ばれたといいます」

 亡命工作員の話だという。証言したときの早紀江さんの心中を思うと胸が締め付けられる。めぐみさんは当時中学1年だった。

 拉致されたことがはっきりするのは20年ほど後になる。2002年9月、小泉純一郎首相(当時)が訪朝し、拉致した事実を金正日総書記(同)に認めさせて謝罪させた。だがめぐみさんの帰国には結び付かなかった。

 めぐみさんは北朝鮮の男性と結婚し、長女を出産したあと死亡した。北朝鮮はそう説明した。

 疑問だらけの説明だ。例えば「めぐみさんの遺骨」として北朝鮮が日本側に渡した骨は、日本政府のDNA鑑定で別人のものと分かっている。

 めぐみは生きている―。母の確信は揺るがない。救出へ力を尽くさなければならない。

 日本政府は拉致被害者として17人を認定している。そのうち5人が小泉首相訪朝の翌月に帰国した。蓮池薫、祐木子さん夫妻、地村保志、富貴恵さん夫妻、そして曽我ひとみさんである。

 北朝鮮は残る12人について、8人が死亡、4人は入国していないとしている。この説明も根拠が薄い。受け入れるわけにいかない。

 早紀江さんは81歳。夫の滋さんは84歳になった。滋さんは体調を崩している。

 9月に都内で開いた集会へのビデオメッセージで滋さんは「めぐみちゃんと早く会いたい」と述べた。その弱々しい姿に、会場には衝撃が広がったという。

 核実験とミサイル発射を繰り返す北朝鮮に対し、国際社会が向ける目は厳しさを増している。拉致問題打開の糸口もつかめない。

 02年の5人帰国は日朝平壌宣言とセットだった。宣言は植民地支配への「おわび」、国交正常化後の経済協力、核・ミサイル問題の対話解決などを盛り込んでいた。日本が独自の立場から展開した対北朝鮮外交だった。

 日本政府にとり拉致問題はこれからも最優先で解決すべき課題であり続ける。40年の機会に、全力を挙げる決意を固め直したい。

(11月15日)

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