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旧陸軍伊那飛行場の遺構「保存を」 県道延伸計画のルート上に

旧陸軍伊那飛行場の案内看板。住宅の手前にあるのが格納庫の基礎部分=伊那市上の原旧陸軍伊那飛行場の案内看板。住宅の手前にあるのが格納庫の基礎部分=伊那市上の原
 伊那市上の原にある旧陸軍伊那飛行場の遺構に、中央道伊那インターから南東に向けて今後延伸する計画の県道「環状北線」のルートがかかることが分かり、遺構を保有する市に対し、保存を求める声が住民から上がっている。同飛行場は近年、県内外の平和学習団体が訪れるなど歴史的価値が再認識されており、建設作業に従事した人も「貴重な戦争遺跡をなくさないで」と訴えている。

 同飛行場は1944(昭和19)年、パイロット養成のために開設。作業には地域の若者らが動員され、終戦間際には地下に飛行機工場も造られた。

 環状北線のルート帯がかかる遺構は、飛行機の第3格納庫の基礎コンクリート部分。当時の規模をそのまま残し、高さ約110センチ、厚さ約30センチ、長さは約40メートルにわたる。市教育委員会は2006年5月、後世に飛行場の歴史を伝えたい―と看板を設置。周辺の草刈りなどもしている。

 環状北線は、伊那インターと、国道153号伊那バイパス(通称)を結ぶ幹線道路として計画中。地元の上の原区長、宮下今朝則さん(67)は「ルートにかかったので移転するしかないかと思う。遺構は区民にとって大切で残してほしい」と話す。区誌を編集する人たちは今年7月、遺構の保存を白鳥孝市長や黒河内浩市議会議長に文書で要望した。

 市教委生涯学習課によると、道路設計の詳細が確定しておらず、現時点で保存法の検討は難しい状況。担当者は「地元や県と協議したい」と話す。遺構が文化財指定されていないこともあり、道路計画を進める県伊那建設事務所整備課は、取材に「遺構を残したいという声は把握している」と答えるにとどまる。

 戦争遺跡は1995年の文化財保護法改正で文化財指定対象となったものの、指定される遺跡は少なく、開発の波にさらされるなどして失われたり、劣化したりしていることが課題になっている。

 こうした状況に伊那飛行場の建設に携わった人も保存を訴える。旧制伊那中学校(現伊那北高校)時代に作業をした矢沢章一さん(88)=伊那市高遠町=は「『幻の飛行場』とも呼ばれた飛行場が現実にあったと分かる大事な場所」と話す。

 同飛行場に詳しく、上伊那地方の小中高校に出向いて教えている元教員の久保田誼(よしみ)さん(75)=伊那市上の原=は「子どもたちに必ず見せるのは遺構。いかにも飛行場的で、リアルな形で残っている」。最近は、下伊那郡阿智村の「満蒙(まんもう)開拓平和記念館」と一緒に遺構を訪れて学ぶ団体もあるという。

 遺構隣にある上の原保育園は、園児が卒園前に飛行場について久保田さんから話を聞いている。田中文代園長は「子どもたちがどれだけ戦争の意味を消化できているか分からないが、話を聞いた後に改めて遺構を見て、飛行場がここにあったと実感するようです」と学びの場としての意義を強調する。

(11月22日)

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