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茅野の尖石遺跡に新たな住居址 縄文中期中頃か

尖石遺跡の西側で見つかった竪穴住居址。全体を掘り返すとほぼ円形になるとみられる尖石遺跡の西側で見つかった竪穴住居址。全体を掘り返すとほぼ円形になるとみられる
 茅野市尖石(とがりいし)縄文考古館は22日、国特別史跡「尖石遺跡」の西側で新たに二つの竪穴住居址(し)が見つかったと発表した。住居址で出土した土器の特徴から、縄文中期中頃(約4500〜5千年前)に造られたとみられる。尖石遺跡の集落は西から東へ徐々に移ったことが分かっており、新たな住居址は初期の集落の一部である可能性が高いという。同遺跡を研究している文化財保存全国協議会常任委員の勅使河原彰氏(72)=埼玉県=は「集落全体の歩みを解明する上で貴重な史料」としている。

 同考古館は住居址の調査を続け、結果を踏まえて特別史跡の範囲を広げる追加指定を目指す方針だ。

 同考古館は今月1日、遺跡の境界の外に住居址があるかどうかの調査に着手。西側にある畑約3500平方メートルを部分的に掘削したところ、境界から約30メートル離れた地点で南北に隣り合う二つの住居址が見つかった=地図。

 住居址は全体を掘り返すとほぼ円形になるとみられ、北側は直径5〜6メートル、南側は同4・5〜5メートル。床面は現在の地表から約1メートル下だった。同考古館によると、住居址としては標準的な大きさで、土器や石器のかけらも多数見つかった。

 尖石遺跡は、八ケ岳連峰の西麓にある縄文中期を主とする遺跡。明治半ば、開墾中に土器などが見つかったのが発掘のきっかけになった。

 小学校教員だった在野の考古学者宮坂英弌(ふさかず)が複数の住居址や炉の跡を発見。52年に特別史跡に指定され、93年に沢を挟んだ北側の一帯も追加指定された。これまでに計約200の住居址が確認されている。遺跡の南側にある三角すい形の巨石にちなんで尖石遺跡と名付けられた。

 同考古館は、新たに見つかった住居址の見学会を25日午前10時半から行う。

(11月23日)

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