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あすへのとびら 社会保障をどう守る 一時しのぎは通用しない

 一口に社会保障と言っても分野は幅広い。

 医療、介護、年金、失業手当、生活保護、児童や障害者への手当…。何らかの事情で日常の暮らしの維持が困難になった際、憲法に記された文化的生活を続けられるよう支えるのが社会保障である。

 この仕組みが機能不全に陥りつつある。高齢化が進んで医療や介護の費用は増大し、地域社会や家庭、雇用の環境の変化もあって、現役世代も重くなる負担を背負い切れなくなっている。

 来年は診療報酬と介護報酬を同時に改定する6年に1度の年。政府は支出を抑えようと躍起で、息苦しい調整が続く。

 これからますます、高齢化率は上がり、労働人口は減るというのに、一時しのぎを繰り返すしか手はないのだろうか。

 介護報酬を巡る議論を取り上げてみたい。貫かれているのは「自立」という考え方だ。

 例えば、厚生労働省は、介護が必要な高齢者の自立支援で成果を上げた事業所への報酬を増やす方針を示している。通所介護(デイサービス)で、リハビリ専門職と連携して身体機能の訓練を行う事業所には手厚くし、消極的な事業所は引き下げる。

 訪問介護でも、掃除や洗濯、調理を担う生活援助には短期で養成するヘルパーを充てて報酬を減らす。その分、現行のヘルパーによる身体介護は高くする。

 こんな案も浮上している。国が評価指標を用意し、高齢者の自立支援や要介護度の維持・改善に取り組み、実績を上げた市町村に新設の交付金を支給する―。いずれも、要介護度の重い人を減らすことで費用の抑制を狙う。

   <不安を高める議論>

 「高齢になるほど改善は難しくなる」「高齢者が家に閉じこもるのを防ぎ、家族の負担を軽くする役割は評価しないのか」「生活援助で気持ちに余裕が持てたのに、使えなくなると困ってしまう」。介護事業所の職員や利用者からはそんな声が聞かれる。

 財務省は、介護報酬を全体でマイナス改定するよう求めている。他の産業に比べ、給与が著しく低い介護職の待遇改善のため、この4月の臨時改定で報酬を引き上げたばかりだ。また減らすことになれば、人手不足に拍車を掛けることになりかねない。

 厚労省は今月、世帯ごとに発行している健康保険証の番号を個人ごとに割り当て、個々人が受診履歴や健康診断の結果を閲覧できるようにする、との方針を打ち出した。2019年度から発行を始めるとしている。

 国民の健康意識を高める目的というが、それだけか。いわば医療版「マイナンバー制度」で、健康に関する情報を国が一元管理することになる。プライバシーがさらされ、医療費抑制の名の下、健康増進への統制色が濃くならないか懸念される。

 暮らしの悩みを解消するはずの社会保障の議論が、国民の不安を高めているように感じられる。

 安倍晋三首相も、その不安を大きくした。社会保障制度の安定に使う計画だった消費税増税分を幼児教育の無償化に回すとし、衆院解散の理由にした。

 高齢者に偏っている社会保障を「全世代型」に転換することに異存はない。が、真っ先に着手すべきは幼児教育の無償化なのか、財源を消費税に求めるのが適当なのか。疑問の多い判断だ。

 年間の医療費は45兆円、介護費用は10兆円に上る。団塊の世代全員が75歳以上となる25年には、医療費は4割増え、介護費用は倍になると試算されている。

 サービスの効率化を図ることも大切だけれど、改定のたびに報酬を増減させ、利用者の負担割合を見直す対症療法で、超高齢社会を乗り切れるとは思えない。

   <政治の責任は重く>

 政治の責任は重い。国民に構想を示し、負担=痛みから逃げずに議論する。それは政治にしかできない。安倍首相、そして与野党にその覚悟はあるのか。一向に将来が見通せない状況に、国民は不安を感じている。

 人口減少だけではない。非正規雇用の割合が高まり、格差が広がって、社会保障を担ってきた中間層が疲弊している。地域や家庭で支え合う関係は薄れ、人々の社会的孤立が問題になっている。

 こうした現実を見据え、国民、政府、自治体、企業の役割と負担のあり方を見直すこと。地縁や血縁に代わる地域のセーフティーネットの拡充も求められる。首相が言う全世代型への転換も、全体像を欠いては説得力がない。

 自立した生活を望まない人はいない。それができなくなったときの支え合いとして、社会保障はある。原点を忘れず、時代に見合う仕組みの構築を急いでほしい。

(11月26日)

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