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憲法の岐路 教育無償化論 迷走の根っこに無理が

 自民党が憲法改正推進本部の全体会合を開き、高等教育を含む教育無償化を巡る改憲規定のたたき台として、「無償」の表現を明記しない案を提示した。

 かわりに、教育費の負担軽減に向けた国の努力義務をうたう条文を新設するとともに、「経済的理由で教育を受ける権利を奪われない」との趣旨を付け加える方向で検討するという。

 「無償」をそのまま憲法にうたうのは難しい、との判断だ。

 憲法26条は定めている。「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」

 意欲と能力のある者が高等教育を受ける権利を憲法は保障している。無償化を禁じていない。

 政府がやるべきは、返済不要の奨学金の拡充、大学授業料の減免など、負担軽減に向けた地道な取り組みである。学校教育法など普通の法律を普通に改正すれば、無償化はできる。

 反対に、仮に憲法に「負担軽減に向けた国の努力義務」をうたったとしても、それだけで状況が改善されるものではない。

 改憲による無償化論にはそもそもの無理がある。

 改憲本部がたたき台を示したのは、自民が掲げる改憲項目、▽9条への自衛隊明記▽緊急事態対応▽参院選の「合区」解消▽教育無償化―に関する2巡目の議論の席である。8月の1巡目では無償化について慎重論、反対論が噴出していた。

 「憲法ではなく、一般の法律で対応すべきではないか。慎重な検討が必要だ」「大学に行かずに働いている人もおり、不公平感が出る」などである。うなずく人は多いはずだ。

 財源の面でも課題が多い。大学の無償化だけで、消費税1%分以上に当たる約3兆1千億円が必要と見込まれている。

 大学・短大への進学率は6割弱。財源を増税や国債発行で賄うと、高卒で就職する人の負担で進学者を支援する結果になる。

 無償化論はもともと、日本維新の会が党の改憲案に盛り込んで浮上した。維新を改憲論議に引き込む思惑から、自民党内で議論が進んできた経緯がある。純粋に教育や暮らしの観点から取り上げられたテーマではない。

 自民が「責任政党」を自称するなら、憲法と無償化を結び付ける議論から脱却すべきだ。

(11月29日)

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