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駒を持つ手が震えていた。勝利を決めた羽生善治さん(47)の一手である。渡辺明さんに挑んだ将棋の竜王戦第5局。渡辺さんが「負けました」と投了すると羽生さんは静かに頭を下げた。前人未到の「永世7冠」を達成した瞬間である

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1985(昭和60)年、15歳でプロ棋士としてデビュー。19歳の時には初挑戦で竜王位を獲得した。将棋界初の10代王者の誕生だった。差し出されたマイクに向かって小さな声で答えている。「責任の重さを感じます。これは大変なことになりました」

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それから約30年。寝癖がトレードマークだった頭髪には白髪が交じるようになった。若手が台頭し今年はタイトルを立て続けに失ったが、師走の大一番で底力を見せた。会見で「今の強み」を聞かれ「無駄なことは考えず引き算で考えていく。経験によるものが大きい」と答えた

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盤面を見た瞬間、考えなくてもいい手を一気に捨てて数個の手に絞り込む。人間の思考の強みでもあった。その「引き算の思考」をプロ棋士に勝った人工知能(AI)は既に取り入れている。NHK取材班との共著「人工知能の核心」にそう書いている

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会見では質問一つ一つに丁寧に答え、誠実さがにじみ出た。「将棋の本質は何も分かっていない」「将棋は伝統的な世界だが盤上はテクノロジーの世界。常に最先端を求めていきたい」。指先の震えはあくなき探求心が瞬間満たされるからか。AIが身に付けようがないすてきな癖である。

(12月7日)

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