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風邪気で頭痛がするので家に居る―。広島に原爆が投下された翌日の8月7日、湯川秀樹は日記に書いた。新聞社から新型爆弾の解説を求められたが断ったとある。続く8、9日も体調の不良を記し、長崎へ投下後の10、11日は空欄だ

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数カ月に及ぶ「沈思の日々」の始まりだった。戦時下、原子物理学者の湯川は原爆研究に関わった。海軍が京都帝大で極秘に進めた「F研究」である。完成にはほど遠く、湯川の関与も浅かったとされるが、原爆投下に大きな衝撃を受けたことがにじむ

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敗戦前後の日記が没後36年を経て初めて公開された。厳しい言論統制下、主観を挟まない淡々とした記述が印象的だ。敗戦後の沈思の日々も、出来事の簡潔な記載が続き、思索の跡をたどるのは難しい。ただ、西谷啓治、高山岩男ら哲学者と度々会っていたのが分かり、興味深い

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科学者としての自身のあり方に深く向き合ったこの時期が、核と戦争の廃絶を一貫して訴えた戦後の行動の原点になった。一人、湯川だけではない。日本学術会議は設立に際し「これまで科学者がとりきたった態度について強く反省し」と声明に記した

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戦争に動員されたことへの痛切な反省は、戦後の科学界の礎となってきた。学術会議は今年、軍事目的の研究をしない決意を継承する新たな声明を出している。防衛省が大学などの研究を公募する形で「軍学共同」が進む現状が背景にある。再び科学がからめ捕られないか。沈思するときだ。

(12月24日)

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