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遊び場の公園 復活の夢 南木曽・三留野地区住民

公園の案内看板を設置する住民たち。かつては地区の交流拠点で花見やキャンプにも使われたという公園の案内看板を設置する住民たち。かつては地区の交流拠点で花見やキャンプにも使われたという
 木曽郡南木曽町三留野(みどの)地区の住民たちが本年度、荒れて立ち入る人が近年少なかった東山公園の整備に乗り出し、24日、遊歩道の入り口に案内看板を立てた。近世から長く地元に親しまれた歴史や、戦中は青年たちが交代で米軍機などを見張る「監視哨(しょう)」があったことも紹介。戦後間もない頃によく遊んだ有志たちが、地区の拠点として復活を夢見ている。

 公園は、等覚寺の裏山の上部にある。大正天皇即位の礼を記念し、1915(大正4)年に整備され、園内に石碑も建てられた。子どもの時によく遊んだ住民を中心に、今の子どもたちにも思い切り遊んでほしいと、東山公園保存会を結成。半分に割れて上部が倒れていた石碑を今夏に修復し、遊歩道も手入れしてきた。

 この日は7人で1時間ほどかけ、高さ1・8メートルの看板を設置した。戦国時代、三留野氏が東山を山城として一帯を治め、江戸時代以降は、旧中山道の三留野宿を見渡せる所として親しまれてきたとされる経緯を紹介している。

 作業した青木佳子さん(82)は、旧読書(よみかき)村長だった祖父が石碑建立に携わったといい、「皆さんのおかげで立派になった。祖父も喜んでいるはず」。来年度以降、見晴らしを良くするために支障木を伐採して、低木を植える計画だ。保存会長の橋立親夫さん(75)は「小学校や保育園から近いので子どもたちに利用してもらい、ゆくゆくは観光面にも生かしていきたい」と話していた。

(12月25日)

長野県のニュース(12月25日)