長野県のニュース

小学校に中傷 基地の歴史への無理解

 「学校は後から造った。同情の余地はない」 「沖縄は基地のおかげで暮らせている。落下物で子どもに何かあっても、お金があるからいいじゃないか」

 基地騒音や事故の危険にさらされている人々にこんな言葉を投げ付けることがどうしてできるのだろう。想像力と共感の欠如に怒りが込み上げる。

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)に所属する海兵隊大型ヘリが13日に起こした事故にからむ問題だ。重さ7・7キロの緊急脱出用の窓枠が普天間第二小学校の校庭に落下した。

 その時校庭では体育の授業が行われ、54人の児童がいた。一歩間違えば惨事になっていた。

 米軍は「人為ミス」だったと発表して6日後に飛行を再開。日本政府も容認した。

 再発防止の保証がない再開に地元では怒りの声が強い。そんな中で、学校を中傷する電話が同校と市教委に相次いでいる。

 宜野湾市では第二小への落下の前、緑ケ丘保育園にも円筒形の物体が上空から落ちている。同園に対しても「ここに住んでいるのが悪い」などとする電話が1日に4、5件寄せられている。

 一部の人の心ない行為として済ませるわけにいかない。中傷電話の底に、基地の歴史に対する無理解と沖縄への差別意識が潜んでいる可能性があるからだ。

 一例が東京の地上波ローカル、東京MXテレビが1月に放送した番組だ。米軍北部訓練場のヘリコプター離着陸帯(ヘリパッド)建設への反対運動について「反対派は日当をもらってる!?」などと字幕で伝えた。「テロリストみたい」との発言もあった。

 改めて基地の歴史を振り返りたい。普天間飛行場はもともと沖縄の人が普通に暮らしている場所だった。1945(昭和20)年、米軍の上陸により人々は避難せざるを得なくなった。戦争が終わった後、米軍はブルドーザーで基地を建設。人々は元いた場所に戻れなくなった。

 その結果が基地の周りに人々が住む今の状況である。第二小は土地不足からやむなく基地の隣接地に建設された。

 こうした歴史を踏まえれば、「後から造った」などの言葉が出てくるはずがない。

 普天間の辺野古移設やヘリパッドへの反対運動に対し政府は本土から機動隊を送り込んで威圧し、押さえ込んでいる。こうした政府の姿勢がヘイト(憎悪)発言を増長させていないかも気にかかる。

(12月27日)

最近の社説