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2人の間には暗黙の了解があったという。初球はカーブ。それは打たない―。プロ野球で名勝負を繰り広げた元巨人の江川卓投手と元阪神の掛布雅之選手である。エースが全力で投じ、4番打者がフルスイングで迎え撃つ。ファンは固唾(かたず)をのんで見守った

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勝負に水を差されたのは1982年9月の甲子園球場。一打同点の場面で打席に掛布選手を迎える。監督の指示は敬遠。ぶぜんとした表情の江川投手は、立ち上がった捕手のミットを目がけて剛速球を投げ込んだ。ライバルに対する意地が見えた

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打者にボール球を投げて、四球で一塁に歩かせる。捕手が立った瞬間に観客の緊張は途切れるものだ。それでも敬遠はこれまで幾多のドラマを生み出した。体から遠く離れたボールをサヨナラ安打にした新庄剛志選手や、暴投になりサヨナラ負けした小林繁投手など枚挙にいとまがない

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そんなシーンは今年から見られそうもない。プロ、社会人、大学野球が申告敬遠制を採用することになった。敬遠を宣言すれば投げなくても打者は一塁に進む。時間短縮が狙いというが、敬遠を含めた「間」も野球だ。味気なくならないか心配だ

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昨年から採用した米大リーグで申告敬遠を経験したイチロー選手は「(これまでは)4球投げる間の空気感があった」と独特の表現で抵抗感を口にしている。効率も大切だけれど一辺倒ではファンにやがて見放されるだろう。江川投手のかの剛速球は動画サイトで今も人気だ。

(1月15日)

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