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厳冬期、諏訪湖の氷上からは昼夜、音が響いていた。自然と生活が織りなす音だ。歌人島木赤彦が1923(大正12)年1月号の雑誌に載せた随想「諏訪湖畔冬の生活」にある。赤彦の家は湖を間近に見下ろす下諏訪町の高台にあった

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毎朝未明から響く「カーンカーン」は柄の長い木づちで氷上をたたく音。十数人が横一列になり、湖底の魚を追い詰める「たたき」の漁法だ。辺りが静かで空気も澄んでいたから話し声まではっきり届く。いてつく星空の夜は氷を切り出す音が聞こえた

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膨張、収縮する氷の鳴動が響く中、わらの雪ぐつをはいた若者が眠気と闘いながらのこぎりをひく。休むと汗が凍るので休めない。人々は懸命に働いた。肌を裂くような、この地の乾いた寒さは「響く」という言葉がふさわしいとも書いている。音も寒さもよく響いた時代である

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記録によると、随想の冬は早くに全面結氷した。この冬を挟む10シーズンで御神渡りのない「明けの海」はゼロ。陸軍の複葉機が氷上着陸したのもこのころだ。それが平成では明けの海出現率が実に7割。きのう5年ぶりの御神渡り確認とは貴重である

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神秘の現象は古くから知られていた。〈すはの海の氷の上のかよひぢは神のわたりてとくるなりけり〉。平安後期の歌人源顕仲(あきなか)も思いをはせた。あいにく雪に覆われ往時の豪快さはまだないが、上社の男神が下社の女神の元へ、ようやくつながった恋の通い路だ。見に行かぬ手はなかろう。

(2月3日)

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