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小学生が演じる雪ん子に囲まれてクリス・ムーンさんは走った。1998年2月7日、長野五輪開会式。左手で聖火のトーチを掲げている。右足は義足だ。大歓声に包まれながらムーンさんの脳裏にはカンボジアの光景が浮かんでいた

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かつて地雷除去作業で訪れた。手や足を失い絶望した子どもが大勢いた。この最中にも被害が出ていることだろう…。終始笑顔だったムーンさんは一瞬、複雑な思いにとらわれたという。自著「地雷と聖火」に書いている。平和と戦争の埋めがたい溝だ

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95年3月、モザンビークで地雷が爆発し右手右足を失った。どん底からマラソンを目指し立ち上がる。走る姿が地雷廃絶を世界に発信した。長野五輪も後押しした。「難民を助ける会」理事長の長有紀枝さんによると97年に結ばれた対人地雷禁止条約は既に163カ国が加入する

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地雷除去が進み年間2万4千人だった被害者は3千人台まで減った。だがシリア難民などに事故が頻発、再び増加に転じ16年には8千人に上った。成果は出ているが道のりは長く険しい。むしろ近年は軍縮に逆行し武器を頼りにする国が増えていないか

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米国は核攻撃のハードルを下げるという。被爆国日本は核兵器禁止条約に反対した。矛盾の極みである。けれど諦めるわけにはいかない。ムーンさんは自著で英国の思想家バークの言葉を引いている。「邪悪な者がこの世を支配するには、良識ある者が何もしないことが最も有効な手段だ」

(2月7日)

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