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20年前の「ナガノ」、人生変えた 平昌冬季五輪開幕に思い新た 

 1998年の長野冬季五輪から20年の節目に迎えた平昌冬季五輪。長野五輪の交流活動などに関わった県民は、世界の人々と接し、人生の転機にもなった当時を思い起こし、相互理解の大切さや平和への思いを新たにした。

 「肌の色、言葉、文化は違っても一つになれる。それを知ることは、子どもたちにとって大きな刺激になる」。中学1年の時、長野五輪の開会式を盛り上げた「雪ん子」を演じた松本市の主婦、吉田世理奈さん(32)は五輪の意義を、そう振り返った。

 「一校一国運動」の相手国がオーストラリアだったこともあり、シドニーの大学に進学。就職したメーカーでは海外営業部門を担当した。五輪は「関わった人の人生を変えるような影響がある」と感じている。

 NPO法人「難民を助ける会」(東京)の職員で、現在、アフリカ東部ケニアの難民キャンプで子どもたちの教育支援活動をしている長野市出身の兼山優希さん(32)も小学校時代の一校一国運動を思い出した。「知らない国や競技を知る機会。五輪で感じたことが自身の将来につながるかも」と、今の子どもたちに向けて話す。一校一国運動は平昌五輪にも引き継がれた。長野五輪で運動を提唱した長野国際親善クラブ顧問の小出博治さん(89)=長野市=は、「子どもたちが世界に興味を持ち、成長につながることが楽しみ」と語った。

 北佐久郡軽井沢町の民間観光施設・軽井沢タリアセンに勤務する清水康子さん(57)=小諸市=は、同町が長野五輪のカーリング競技会場となり、同施設のレストランが競技関係者や町民らが集う「ゲストハウス」になったことを回想。「外国人も日本人も一緒に踊ったりした」と懐かしみ、五輪を通じて「みんなが手をつなぐ世の中になるといい」。

 「長野県と韓国のスキー関係者の交流が平昌五輪につながったと思うと、感慨深い」と話すのは元全日本スキー連盟専務理事の丸山庄司さん(84)=北安曇郡白馬村。1968(昭和43)年、韓国代表のアルペンチームの指導で平昌に1カ月ほど滞在したことがある。その後も韓国の指導者や子どもたちが白馬を訪問するなど交流が続いている。平昌五輪では、村出身でノルディックスキー複合代表の渡部暁斗選手(29)、弟の善斗選手(26)らの試合などを観戦予定。「旧友に会えるのが楽しみ」と話した。

(2月10日)

長野県のニュース(2月10日)