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内田康夫さんの遅咲き作家人生はひょんなことから始まった。作曲家の中川博之さんから借りた推理小説のトリックに文句を付けると、「書けもしないくせに」と言われて意地になった。それが40代半ばで書いた「死者の木霊(こだま)」である

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当時はCM制作会社の経営者。せっかくだからスポンサーへの名刺代わりにと自費出版し、新聞の書評に取り上げられたのがきっかけで転身した。軽井沢町に居を移してからの活躍は著作数160以上、累計発行部数1億1500万という数字が物語る

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デビュー作の題材を1977年に飯田市の松川ダムで発覚したバラバラ殺人に求めたのも信州との深い縁につながっている。この事件は容疑者が謎を残し北海道で自殺、釈然としないまま終わる。それだけに内田さんの現地取材から“信濃のコロンボ”が生まれたのは慰めだった

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各地を取材して歩き「旅情ミステリー」と呼ばれる分野を築く。難事件を次々と解決する人気シリーズの主人公、浅見光彦は「自分の分身」とも述べている。確かに、朗らかで誰にも気さくな内田さんと、加害者にも同情を寄せる浅見は重なって見えた

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「犯人の分かっている小説は書いていても面白くない」と事前に展開を考えず、直感で書き進めるのも内田さんならでは。結末に近づくと犯人やトリックがひらめくのを楽しんだ。自分の新たな才能に気付き、別の旅路を歩んで40年足らず。筋書きを超えた最期まで見事な作家人生だった。

(3月20日)

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