長野県のニュース

「男装の麗人」川島芳子の命日 松本で3年ぶり集い 

新たに見つかった写真などを紹介する阿部さん(右奥)新たに見つかった写真などを紹介する阿部さん(右奥)
 中国・清朝の王女として生まれ、旧制松本高等女学校(現松本蟻ケ崎高)で学んだ川島芳子をしのぶ有志の会は25日、松本市内で墓参と集いを開いた。この日は芳子が旧日本軍の諜報活動に関わったとして北京で処刑されたとされる没後70年の命日。研究者たちが新発見の写真や書なども紹介し、芳子の生きざまに思いをはせた。

 有志の会は、会長を務めた穂苅甲子男さんが2014年に亡くなって以来、ほぼ休止状態だった。この日は没後70年を迎えるのを機に、毎年命日に開いてきた集いを3年ぶりに企画。芳子のめいで1994年に同市で亡くなった廉子さんもしのんだ。

 墓参では廉子さんの三女で市内在住の尚子さん(72)ら県内外の16人が、芳子が眠る川島家の墓の前で手を合わせた。

 その後、市内で開いた集いでは、清朝や芳子の研究者、阿部由美子さん(37)=東京=が、芳子が天津で中華料理店を経営していた30代の頃に撮影されたと推測される新たな写真などを紹介。よく知られた「男装の麗人」のイメージと異なる、柔らかな雰囲気が貴重とした。

 阿部さんは芳子を紹介した記事や書などから「アジアの民衆が平穏に暮らせる世界を願う一貫した思想があった」と解説。対日協力者としての処刑は不当だったとし、「『スパイ』は虚像だったと言える。信念を持ち、日本軍の力を借りて清朝を再興しようとしていた」と述べた。

 また、岐阜県の元大学講師柏木隆法さん(68)は、保管する芳子の名が記された書4点を紹介した。尚子さんは芳子について「彼女のような優れた才能を持つ人は、平和な時代なら幸せな晩年を送れたはず。戦争は二度と繰り返してはならないと改めて思う」と話した。

(3月26日)

長野県のニュース(3月26日)