長野県のニュース

斜面

1894(明治27)年2月、福沢諭吉は墓参りをするため20年ぶりに大分の中津に帰郷した。山国川に沿って奇岩が連なる景勝地「耶馬渓(やばけい)」を散策した時のこと。その代表的な絶景「競秀峰」の山地が売りに出されていることを知った

   ◆

心ない人に渡り樹木が伐採されては貴重な景観を失う―。そう心配した福沢は自ら購入する決心をする。自分の名が表に出ないよう地元で土地取引をしていた義兄らを立てて交渉。複数の所有者から少しずつ買い進め、3年がかりで1・3ヘクタールを買収した

   ◆

耶馬渓は日本最大の溶岩台地が河川に浸食されてできた渓谷だ。福沢が私財を投じて守った競秀峰一帯を本耶馬渓と呼び、流域に幾つもの耶馬渓がある。11日未明に山崩れが発生、土砂や巨岩が住宅を巻き込み住民の命を奪った金吉川沿いの谷も、紅葉の名所として知られている

   ◆

現場は300万年前に火山岩や堆積岩が混ざってできた硬い層の上に、100万年前の噴火の火砕流が固まっって軟らかい層と硬い層を造っている。渓谷美と背中合わせのもろい地層である。風化でできた岩盤の裂け目から崩落した可能性があるという

   ◆

福沢の業績はナショナルトラスト運動の先駆けとして語り継がれている。一方で災害の危険は伝わりにくい。直前に大雨がなく不意を突かれたとはいえ、数日前から地鳴りや大きなミミズが出てきたなどの異変を感じた住民もいる(大分合同新聞)。命を守れなかった現実がやりきれない。

(4月13日)

最近の斜面