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寒冷地の稲作に貢献 「保温折衷苗代」を今に

軽井沢町が造った「保温折衷苗代」再現用の苗床軽井沢町が造った「保温折衷苗代」再現用の苗床
 北佐久郡軽井沢町は、同町古宿出身の名誉町民荻原豊次(とよじ)さん(1894〜1978年)が考案し、寒冷地の稲作に大きく貢献した「保温折衷苗代」の再現に取り組む。育苗用ハウスなどの普及で今ではほとんど見られなくなったが、地元農家の挑戦の歴史や戦後の食糧増産に寄与した功績を見つめ直そうと企画。町は農産物直売所「軽井沢発地市庭(いちば)」の敷地に再現用の苗床を整備した。22日に「もみまき式」を開く。

 町によると、保温折衷苗代は、周囲より高く設けた「まき床」に発芽した種もみをまく。土、焼きもみ殻を重ね、保温のため油紙で覆い、周りの溝に水をためる。苗が2〜3センチほど成長した頃に油紙を取り除き、苗床の上まで水を張る。苗が十分に育ったら水田に植える。

 軽井沢は標高千メートル前後の高冷地でコメ作りなどは苦労が伴った。荻原さんは昭和初期、寒冷地で野菜の苗を育てるための温床で、こぼれ落ちた稲の種もみが発芽し育っているのを発見。田に植えたところ良く育ったという。これを機に、油をひいた紙を用いた障子を使うなど保温による育苗を研究。電熱線を土の中に埋めたこともあったと伝わる。

 1943(昭和18)年、県農事試験場(現農業試験場)に勤務していた岡村勝政さん(1914〜2013年、諏訪郡富士見町出身)が荻原さんの話を聞き、協力して技術開発を進めた。当時の農林省の奨励策もあって全国に普及。東北地方といった寒冷地の稲作の安定などに役立った。荻原さんは68年、岡村さんは71年に、それぞれ信毎文化賞(農業部門)を受けた。

 発地市庭の敷地の一角に設けた苗床は、約2メートル四方の大きさ。保温折衷苗代について紹介する看板も立てた。22日は種もみなどをまき、油紙で覆う。苗が順調に育てば水田に移す。軽井沢町観光経済課は「再現することで農業の歴史を発信したい」としている。

(4月21日)

長野県のニュース(4月21日)