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高プロで働くこと 時間の歯止めがない怖さ

 都内の編集プロダクションで働いていた女性は、午前1時半まで働くことが珍しくなかった。出勤は午前6時で、残業は月100時間以上。職場でけいれんして意識を失い、最後は退職した。

 職場は裁量労働制だった。実態に関係なく、労働時間は労使間であらかじめ決めた「みなし労働時間」になる。

 プロダクションが決めたみなし時間は8時間。乖離(かいり)は明らかでも、労働基準監督署には「残業代を払わせることは難しい」と告げられた。労働組合「裁量労働制ユニオン」(東京)に寄せられた相談の事例である。



   <残業という概念なし>

 裁量制は、仕事の進め方が労働者に委ねられる職種が対象だ。労働時間に関係なく賃金は一定で、出社や退社時間はある程度、労働者が決められる。仕事が少ない日は早めに帰宅し、忙しい日は遅くまで働くなど、めりはりの利いた働き方ができるとされる。

 その一方、みなし時間を超えて働いても残業代は支払われない。過剰な業務を課されて、長時間労働の温床になっているとの指摘は根強い。残業代を抑えるため導入する企業も多いとされる。

 それでも、深夜や休日に働かせると割増賃金が発生する。厚生労働省労働基準局は、みなしと実態の差が大きい場合は、改善するよう指導もしている。指導には法的根拠がなく強制力はないものの、長時間労働防止には一応の歯止めがあることになる。

 裁量制からこの歯止めを取り除いたもの―。それが高度プロフェッショナル制度(高プロ)である。政府が今国会に提出し、成立を目指す働き方改革関連法案に盛り込まれている。

 高収入の一部の専門職を、労働時間や休日、深夜の割増賃金の規制から外すことができる。裁量制を超える長時間労働を招く可能性が高い。このまま成立させることは認められない。

 高プロの導入は、車の運転に例えれば、速度規制を撤廃するようなものだ。100キロ以上の速度超過でも、簡単には取り締まることはできない。

 労働時間規制がない高プロは、企業がどれだけ長時間労働をさせても、違反を問うことが困難になる。「残業代がゼロ」になるというより、「残業という概念がなくなる」と考えるべきだ。みなし労働時間を基本とする裁量労働制とは、根本的に異なる制度である。

 法案の問題点を整理したい。

 まず、休日が十分に取れない可能性があることだ。

 企業は「年間104日」かつ「4週で4日」以上の休日を確保する義務がある。制度上は4連休を取れば、24日間の連続勤務も可能だ。しかも、1日の労働時間には制限がない。極端にいえば24時間の連続勤務を24日間続けても、違法にはならない。

 労働者の健康確保に有効とされる「終業後の一定時間の休息」(勤務間インターバル)が完全に義務化されていないのも問題だ。

 対象となる職種も法案成立後に省令で決まるため、不明確だ。年収1075万円以上という要件は労働者の前年の実績ではなく、新たな契約によって見込むことができる所得額である。しかも年間換算のため、1カ月約90万円という短期契約で、ほぼ休みなく働かせることも可能だ。

 導入には「労使委員会での5分の4の決議」「本人同意」などが必要だ。これは裁量制の企画業務型と同じである。裁量制では労使委員会が機能せず、違法に適用されたケースが後を絶たない。高プロでも同じ問題が発生する懸念は拭えない。



   <経済界の長年の悲願>

 高プロは2005年に経団連が提言した「ホワイトカラー・エグゼンプション」が前身だ。15年4月に法案が国会に提出されたものの、過労死を増やす懸念で審議入りが見送られてきた経緯がある。経済界の悲願ともいえる制度だ。導入されると、かつての派遣労働者などと同様、対象が際限なく広がる可能性がある。

 法政大の上西充子教授は「労働時間規制は、労働者には身を守る手段であり、経営者にとっては重しのような存在」と指摘する。安倍晋三首相が主張する「労働者の視点に立った働き方改革」ではない。経営者視点の「働かせ改革」ではないか。

 政府が高プロの利点と指摘する「柔軟な働き方」は、裁量制などが正しく運用できれば可能だ。高プロを導入するまでもない。

 法案に盛り込む予定だった裁量制の対象拡大は、調査データの不適切処理問題で見送られた。裁量制は違法運用が後を絶たず、過労死も相次ぐ。対象拡大も時期尚早だ。まずは裁量制の実態を詳細に調査し、運用を改善するべきだ。

(4月22日)

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