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南スーダン派遣 妥当性を問い直さねば

 南スーダン国連平和維持活動(PKO)に派遣されていた陸上自衛隊部隊を巡り、新たな事実が分かった。

 全ての隊員に武器携行命令を出していたという。切迫した状況が改めて浮き彫りになった。派遣を続けた政府の判断は妥当だったのか、問い直さなければならない。

 2016年7月に政府軍と反政府勢力による大規模な戦闘が起きた際のことだ。報道などで概要は判明している。陸自部隊の日報にも「戦闘」との表記がある。一方で「警備の態勢」の項目は黒塗りされ、部隊がどう対応したのかは分かっていない。

 派遣隊員によると、宿営地近くのビルに反政府勢力約20人が立てこもり、政府軍と激しい銃撃戦になった。そのため、普段は銃を持たない施設部隊を含め、武器携行命令が出された。小銃に実弾を込め、銃撃戦が拡大した場合の正当防衛などに備えたという。

 当時、政府は「銃撃戦の発生は確認しているが、隊員が被害を受けてはいない」「武力紛争に該当する事態ではない」などとしていた。緊迫感を欠いた説明は実態と懸け離れている。隊員の証言でさらに鮮明になった。政府は都合の悪い情報を隠し続けるのか。

 自衛隊のPKO参加には、紛争当事者間の停戦合意など5原則がある。大規模戦闘時、隊員は「彼らが宿営地内に入ってくれば部隊は全滅すると思った」とも話している。派遣を続けられる状況ではなかった可能性が高い。

 陸自部隊が首都ジュバで活動を始めたのは12年1月だ。治安状態は当初から不安視されていた。11年にスーダンから分離独立した南スーダンの安定と開発支援を目的としたものの、13年末以降、内戦状態に陥った。

 大規模戦闘後も派遣を続けた背景として、一つには安倍晋三首相の「積極的平和主義」が挙げられる。他国に先んじて撤退するわけにはいかず、無理を重ねた印象が強い。「駆け付け警護」の新任務も付与した。安全保障関連法の実績作りに利用した形だ。

 日報隠しが追及される中、政府は唐突に部隊を撤収させた。施設部隊として派遣期間が過去最長となり「一定の区切りを付けることができると判断した」との首相の説明にも疑問が募る。

 今後のPKO参加の在り方を考えるためにも、南スーダンでの活動を総括しなくてはならない。国会や国民が検証できるよう政府は日報の黒塗り部分をはじめ、情報開示を進めるべきである。

(4月24日)

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