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憲法の岐路 国民主権 掘り崩しに歯止めを

 憲法15条は公務員を「全体の奉仕者」と定めている。官僚が仕事をするのは国民の利益を実現するためである。時の政治権力を支えるためではない。

 森友・加計学園や自衛隊国連平和維持活動(PKO)日報の問題では、安倍晋三政権にとって不都合な文書がないことにされたり改ざんされたりした。官僚が国会でうその答弁をした疑いも濃い。

 〈集会、結社および言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する〉

 憲法21条である。表現の自由を手厚く保護している。

 その理由は、表現の自由が国民主権に関わるからだ。国民が政治的意思決定に関わるには自分の考えを他者に伝える必要がある。

 そのためには政治が何をしているか知ることも欠かせない。ここから知る権利が導き出される。知る権利は憲法が国民に保障する権利として確立している。



   伊藤の君権制限論

 表現の自由、知る権利、国民主権は三位一体の関係にある。文書が隠されては国民主権が危うくなる。問題は憲法の根幹に関わる。

 1947(昭和22)年5月3日現憲法は施行された。大日本帝国憲法(明治憲法)は廃止され日本は新しい一歩を踏み出した。

 行政の仕組みも変わった。

 旧憲法では「天皇は…文武官を任免」する、とされた。官僚は天皇に仕える存在だった。首相はじめ閣僚は「天皇を輔弼(ほひつ)しその責に任ず」とされた。輔弼とは君主を補佐することである。

 天皇は「統治権を総攬(そうらん)」する、一手に握るとの規定もあった。天皇は戦時には憲法に制約されずに振る舞う非常大権も持っていた。そうした仕組みの行き着いた先が先の戦争である。

 明治憲法の条文案を枢密院で議論していたとき、伊藤博文が述べた次の言葉はよく知られている。国民の権利保護規定は憲法には要らないのではないか、との意見に対する反論だ。

 「憲法を設くる趣旨は第一、君権を制限し、第二、臣民の権利を保護するにあり」

 明治憲法は実際には君権制限、国民の権利保護から懸け離れたものになった。言論の自由がうたわれてはいるものの、それは「法律の範囲内」のことであり、「安寧秩序」を妨げない限りでのことだった。新聞紙法などの言論統制法がその後定められていって自由は押しつぶされた。

 明治の日本は欧米へのキャッチアップを法制度上も急いでいた。先進国ではアメリカ独立やフランス革命を経て、憲法は権力を抑制し国民の権利を保護するもの、との考えが既に定着していた。

 伊藤の君権制限論は、近代国家の体裁を対外的に整えるための付け焼き刃だったのではないかとの疑問もわいてくる。



   民間草案の先進性

 伊藤らが憲法制定に向けて海外調査などを進めていたころ、民間から幾つもの憲法草案が発表されている。私擬(しぎ)憲法と呼ばれる。

 代表的な一つに、土佐の民権活動家植木枝盛(えもり)の「東洋大日本国国憲案」がある。こんな意味のことが書いてある。

 ▽国民は思想、信教、言論、集会、結社の自由を持つ▽国は国民の自由、権利を侵害する規則を作ってはならない―。

 国民の権利を絶対的に保証している。国民は官吏による圧政を排斥できる、との規定もあった。

 植木らの思想は弾圧で抑え込まれ、国民的広がりを持つことはなかったものの、先の戦争の後、憲法学者らによる研究や議論を通じて現憲法を制定する際に生かされたことが分かっている(色川大吉「自由民権」)。

 自民党が6年前にまとめた改憲草案は日本を「天皇を戴(いただ)く国家」と定めている。国民の権利は「公益および公の秩序」に反しない限りで認められる。国民主権を制約する発想が濃い。

 安倍首相は自著に「日本の国柄をあらわす根幹が天皇制」と書いている。「個人の自由を担保しているのは国家」とも言う。その国家自体の危機が迫るときは国民にも協力をしてもらわなければ、との国会答弁もある。9条への自衛隊明記を突破口に首相の目指す改憲が動きだせば「国民より国家」の流れが強まるだろう。



   前文が掲げる原理

 憲法前文を読み返す。

 〈そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する〉

 国民主権を「人類普遍の原理」と宣言している。

 政府はここ数年、特定秘密保護法の制定、国立大学への国旗掲揚・国歌斉唱「要請」など、統制色の強い政策を進めている。国民主権は憲法の一丁目一番地だ。掘り崩す動きに厳しい目を向け、声を上げて歯止めをかけよう。

(5月1日)

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