長野県のニュース

憲法の岐路 国民投票 自由と公正確保するには

 例えるなら、急ごしらえした貨物船のようだ。このままではとても、重い荷を積んで出港できそうにない。

 憲法改定の手続きを定めた国民投票法である。造りは粗く、根本的な欠陥をいくつも残している。

 2020年に新しい憲法を施行したい―。安倍晋三首相が示した“期限”に向け、自民党は改憲案の取りまとめを急いだ。けれども、世論との隔たりは大きい。

 自民党が目指す改憲日程に反対する人は6割を超す。慌てる理由は見当たらない。国民投票法の改修にあてる時間は十分ある。

 憲法を変えることは、国や社会のあり方の根本にかかわる。その重い判断を最終的に担うのは主権者である私たちだ。

 一人一人が熟慮し、意思を明確にするには、公の場で自由闊達(かったつ)に意見が交わされることが欠かせない。表現の自由や政治活動の自由を最大限確保し、公権力の介入を避けることが基本になる。

<CMに自主ルールを>

 国民投票法には、選挙運動のような制約はほとんどない。賛成、反対を呼びかける運動は原則、誰でも自由にできる。使う費用の制限も、報告義務もない。

 ただ、それは公正さを損なう危険性もはらむ。一つは、資金力に勝る側が有利になることだ。広告宣伝に多額の費用がつぎ込まれ、意見が誘導されることにもなりかねない。広告費には上限を設けることを検討すべきだ。

 特にテレビCMは、高額なため資金力の差が現れやすい。流せる量だけでなく、視聴率が高い時間帯にCM枠を押さえられるかどうかにもかかわってくる。

 インターネットに押されてはいるものの、テレビの影響力は依然大きい。映像と音声は強い印象を残す。扇情的なCMが繰り返し流される懸念もある。

 15年の「大阪都構想」をめぐる住民投票は、改憲の国民投票の予行演習と言われた。大阪維新の会は賛成を呼びかける広報宣伝に4億円以上を費やし、当時大阪市長の橋下徹氏が登場するテレビCMを大量に流した。

 否決されたものの僅差になったのは、徹底した宣伝の効果だったと指摘されている。運動が過熱するほど本質的な議論が置き去りになったという声も目立った。

 国民投票法は投票日の2週間前からCMを禁止するが、それ以前の規制は一切ない。また、賛成、反対を呼びかけるのでなく「私は賛成」などと言うだけのCMなら投票当日まで流せる。

 野党にはCM規制の強化を目指す動きがある。メディアを法で縛るのは本来望ましくない。問題は、放送界が自主的な取り組みを怠ってきたことにある。民放各局は責務の重さを再認識し、公正さを確保するルールの具体化に動かなくてはならない。

<デマの拡散を防ぐ>

 ほかにも、07年の法成立当初からの課題の多くが積み残されている。投票の成立条件となる最低投票率を定めていないこともそうだ。あまり低ければ、主権者の意思とは認めにくくなる。

 その意味では「最低絶対得票率」の方が理にかなうかもしれない。有権者全体に占める得票割合の下限である。デンマークは40%と定めているという。参考にして検討する価値がある。

 16年の米大統領選では、偽ニュースがSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で大量に拡散された。組織的に世論操作が行われた疑いが濃い。

 デマや間違った情報がネットで広がるのをどう防ぐか。国民投票法の成立時には視野に入っていなかった新たな課題だ。言論や報道の統制に結びつきかねないだけに丁寧な議論が必要になる。

 民主的であるはずの国民投票がはらむ危うさにも目を向けておきたい。歴史を振り返れば、ナポレオンも、ナチス・ドイツも、国民投票を権力の強化に利用した。

 ヒトラーによる首相と大統領の兼任は90%、オーストリア併合は99%…。ナチスが国民投票で得た支持は圧倒的だ。統制と宣伝による民意の動員だった。

<議論を社会に広げる>

 一方で、欧州連合(EU)からの離脱をめぐる英国の国民投票は賛否が真っ二つに割れ、社会に大きな亀裂を残した。選挙委員会による事後の世論調査では、投票運動が公平に行われたと思わないと答えた人が半数を超した。

 政治家、学識者らのほぼ全てが、もう国民投票などすべきでないという強い意見を持っているだろう―。ケンブリッジ大のコープ教授は、昨年夏に視察した衆院憲法審査会の議員団に語っている。

 国民投票は、よほど注意深く臨むべきものだと心したい。自由で公正な議論の場を確保できるかは何より重要だ。そのための仕組みや条件をどう整えるか。改憲案の中身とともに関心を向け、議論を社会に広げたい。

(5月2日)

最近の社説

日付で探す

ジャンルで探す

ニュースランキング
本日のTop10(5/24 00:00更新)