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「たぬき先生」遺族 富士見に文庫を

毛利子来さんの別荘に集まった内田さん(左)と、毛利さんの妻敬子さん(中央)、次女マスミさん=4日、富士見町毛利子来さんの別荘に集まった内田さん(左)と、毛利さんの妻敬子さん(中央)、次女マスミさん=4日、富士見町
 型にはめない自由な子育てを提唱した小児科医の毛利子来(たねき)さん(昨年10月に87歳で死去)の著書を遺族が諏訪郡富士見町に寄贈し、「記念文庫」を作る計画が動きだした。信濃毎日新聞教育面のコラム「コンパス」の筆者を務める内田良子さん(75)=東京=が提案者。毛利さんが仕事場とした別荘が同町落合にあると聞き、構想した。遺族は応じる意向で、近く町側に協力を打診する。4日は遺族や内田さんらが別荘に集まり、計画実現に向けて話し合った。

 育児や教育に悩む母親らに「たぬき先生」の愛称で親しまれた毛利さん。東京・原宿の小児科医院で長年診察を続ける一方、夏休みなどには家族を連れて同町の別荘に通い、執筆に励んだ。地域保育や障害児教育など親子を巡る幅広い課題で発信を続け、著書は「赤ちゃんのいる暮らし」など多数。雑誌「ちいさい・おおきい・よわい・つよい」の編集代表も務めた。

 妻敬子さん(84)と次女マスミさん(55)=ともに東京=によると、別荘にはテレビや電話を置かず、ほとんどの著書を執筆したという。敬子さんは「自然に囲まれた静かな環境を気に入っていたようだった」と振り返る。

 毛利さんが死去した後の1月、関係者が東京に集まった会合で内田さんと敬子さんが知り合った。富士見町出身の内田さんは、毛利さんが自分の故郷との縁が深いことを知り、その場で記念文庫を提案した。遺族から都内の自宅にある著書を引き取り、出版社からも協力を得て100冊近くを集める予定だ。

 この日は富士見での思い出を語った。内田さんは「母親らが安心して子育てをするための環境が整う」と文庫の実現に期待。敬子さんも「ここは夫にとって忘れられない場所。記念文庫という形でご縁が続くといい」と話した。

(5月5日)

長野県のニュース(5月5日)