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江戸時代の「山争い」は熾烈(しれつ)だった。1813年、仙仁(せに)村(現須坂市)を舞台に勃発した訴訟はその代表例だ。周辺に広がる仙仁山は、同村が中心になって管理し近隣11村がまきを取ったり炭焼きをしたりする共同利用の入会山だった

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11月のある夜、中島村など4村の百姓が仙仁村に出かけ、勝手に山に耕地を造成していると抗議する。これを発端に利用や所有権を巡る争いが激化、他の山にも広がる。仙仁村などの4村は松代藩領、中島村などは幕府領だったことも問題を複雑にした

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松代藩の代官所などで審理されていたが、やがて仙仁村内部で争いが起き、不満を持った村人が藩の目付に直接訴える「越訴(おっそ)」に出た。和解にこぎつけるのに6年もかかっている。顛末(てんまつ)は一橋大教授渡辺尚志(たかし)さんが真田家文書を元に書いた著書「百姓たちの山争い裁判」に詳しい

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同書を読み、新緑の山々を見渡せば、200年前の百姓たちの熱い議論が聞こえてくるかのようだ。山野は生きるためになくてはならない存在だった。深い関わりをなくした現代人は面倒な争いに巻き込まれない半面、失ったものも大きいのではないか

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所有者不明で荒れるに任せた山野が増えている。今国会で成立した森林バンク創設法は難題を解く糸口になるのだろうか。争いの平和的な解決に力を注いだ先人の膨大なエネルギーのおかげで緑豊かな国土が残された―。渡辺さんの指摘だ。対立を克服した民の営みに学べば智恵も湧こう。

(6月10日)

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