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あすへのとびら 小さな命を守るために 内密出産という選択肢

 妊娠したことを周囲に知られたくない女性が相談員にだけ身元を明かし、病院で匿名で出産する―。ドイツで法制化されている「内密出産」の仕組みだ。

 母親の名前と住所、子どもの生年月日、出生地を記した証書は、封をして国の機関が厳重に保管する。子どもは16歳になったら、それを見る権利を得る。2014年の法施行以降、既に300人以上が内密出産で生まれたという。

 日本でも、熊本の慈恵病院が導入に向けた検討を始めている。親が育てられない赤ちゃんを匿名で受け入れる「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)を07年に開設した病院だ。その取り組みを踏まえての動きである。

 ゆりかごは10年間で130人を受け入れ、小さな命を救う場になってきた。身元が分かった母親の一人は、子どもの口をふさいで殺そうとしたが、思いとどまって預けたと打ち明けている。

 重い課題として見えてきたのは、望まない妊娠をした女性が、誰にも明かせないまま自宅や車中で産む「孤立出産」の多さだ。全体の半数近くを占め、14年度以降の3年間では8割を超えた。

 出産は母子の命にかかわる。ゆりかごの存在がかえって、危険な孤立出産を招いていると懸念する声も出ている。



   <孤立する女性たち>

 慈恵病院は、ゆりかごと並行して、電話やメールでの妊娠相談に応じてきた。16年度は6500件を超す相談が全国から寄せられている。「お金がなくて、産んでも育てられない」「誰の子どもか分からない」…。多くの女性が、助けを求められずに孤立している状況が浮かび上がる。

 格差が深刻化し、母子家庭の多くが困窮にあえぐ。女性への性暴力は絶えず、「JKビジネス」と呼ばれるような10代の少女の性が商品化されている現実もある。一方で地域の人のつながりは薄れ、周りに頼れる人はいない。

 生後間もない赤ちゃんが遺棄、殺害される事件は各地で相次いでいる。先月末も、東京・歌舞伎町のコインロッカーで乳児の遺体が見つかった。20代の母親が、寝起きしていた漫画喫茶の個室で産み、手にかけたという。

 暗がりにいる人の姿は、明るい場所からは見えにくい。追いつめられ、声を上げられずにいる人に、どうすれば手を差し伸べられるのか。一病院、地域にとどまらず、社会全体で考えていかなくてはならない問題だ。

 政府は、ゆりかごを「違法とは言えない」として容認しつつ、積極的に関与してこなかった。内密出産にも正面から向き合う姿勢は見えない。公の安全網からこぼれ落ちる母子がいる現状をこのままにはできない。もがく女性を助け、子どもの命を守ることにつながる制度として検討すべきだ。

 ドイツでも、2000年から各地に開設された赤ちゃんポストをめぐって出産の危険性が議論になり、内密出産の導入につながった経緯がある。孤立出産を避け、母子の安全を図るとともに、「出自を知る権利」を保障できる制度として法に位置づけられた。

 ポストもなくなっていない。誰かに知られるくらいなら死んだ方がいい―。そう思いつめる女性の切実さに目を向ければ、最後のよりどころになるのがポストだと、ドイツの実情に詳しい千葉経済大短大部准教授の柏木恭典さん(教育学)は話す。



   <支援の新たな動き>

 ドイツで内密出産をした人は、相談した人全体の2割ほどにとどまるという。妊娠相談所がおよそ1600カ所ある手厚さに加え、母子支援の幅広い取り組みが当事者の選択の余地を広げている。日本でも、匿名での出産だけに目を向けるのでなく、母子の最善を図る多面的な支援の仕組みをつくっていく必要がある。

 自治体や保健所に相談窓口はあっても、24時間365日、助産師や看護師が相談に応じる慈恵病院のような態勢は整っていない。関係機関を結び、妊娠期から母子を支える「子育て世代包括支援センター」も長野県内を含め各地にできてきたが、まだ市区町村全体の3分の1に満たない。

 一方で、民間から新たな動きが出てきた。神戸の助産院は秋から、妊娠・出産に悩む女性を24時間態勢で受け入れる。無料、匿名で相談や健診が受けられる。埼玉の産婦人科医らは、望まない妊娠をした女性を支え、養子縁組につなげている。参加する医療機関が増え、各地に波及しつつある。

 子どもを守り育てることは社会の責任だ。妊娠・出産をめぐって一人で重荷を負い、苦しむ女性がいる。そのことに多くの人が向き合い、国や自治体の取り組みを促すとともに、自ら動き、身近な場に支援の取り組みを広げたい。

(6月10日)

長野県のニュース(6月10日)