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部屋の中をぐるぐる歩き回る。時折立ち止まって両手の指で「V」「O」「V」を作る。誰かにサインを送っているようにもみえる。2016年公開のドキュメンタリー映画「夢の間(ま)の世の中」が描いた袴田巌さんの日常のひとこまだ

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死刑判決を受け1万7千日の獄中生活を送った。恐怖におびえつつ生きるために「自分の世界」を作り、いつしか習慣化した行動なのだろう。映画には将棋を指し、孫を抱く場面もある。妄想と現実の世界を行ったり来たりしている巌さんの背中が丸い

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4年前の静岡地裁の再審開始決定で釈放、姉の秀子さんと一緒に暮らしている。この3月には82歳の誕生日を支援者らに囲まれて祝った。「精神的には拘置所にいるままの状態。再審が決まれば変わるのではないか」と秀子さんは期待していた。それを打ち砕く東京高裁の決定だ

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地裁の決定を取り消し再審開始を認めないという。静岡の一家4人殺害事件の捜査で見つかったとされる衣類の血痕について、巌さんや被害者のものではないとしたDNA鑑定に疑問を投げかけている。ならば再審の法廷でその信用性を審理すればいい

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〈良心は無実の人間を守る唯一の声。暗く苦しい夜が長いほどひときわ高く響く〉。巌さんの獄中日記の一文だ。50年前の一審で死刑を言い渡した元裁判官は「無罪との心証があった」と告白し再審を求め続けた。法衣の良心は残っていないのか。失われた時を取り戻す時間は多くはない。

(6月12日)

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