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不妊手術「家族らから強い要望」 医療関係者証言

過去に障害者への強制不妊手術に関わったことを証言する県内の男性過去に障害者への強制不妊手術に関わったことを証言する県内の男性
 旧優生保護法(1948〜96年)下の1970年代、障害者らへの強制的な不妊手術に関わった東信地方の医療ソーシャルワーカーの70代男性が15日までに、信濃毎日新聞の取材に初めて応じた。男性は、障害者への支援が乏しかった当時、「家族や施設からの強い要望に、手術を選択するしかない状況があった」と説明。生理の介助の負担を軽減するために旧法でも違法だった子宮摘出手術が行われていたことも明かした。

 男性は総合病院に勤めていた70年代前半、障害者の家族や入所施設側の意向を踏まえ、産婦人科医や精神科医と話し合って対応を検討する立場だった。関わった手術は4、5例。いずれも対象は重度の知的障害などで「意思の確認が難しい」女性だった。手術に関する資料は残っておらず、県の審査会で手術の可否を決めたかどうかは分からないという。

 ある事例では、女性が生理の処置を自分でできず、家族が介助に疲れ切って「親子心中するような雰囲気だった」と説明。「手を差し伸べたいという気持ち」から生理を止める目的で、違法だった子宮摘出の手術を施す判断にも関わったという。旧法は女性の不妊手術について、卵管を切除したり縛ったりする方法しか認めていなかった。

 入所者同士の性行為で中絶を繰り返していたとして、福祉施設から女性への不妊手術を求められた例もあり、「施設からは『私たちの大変さをしっかり考えてほしい』と強い要請があった」という。自治体の保健師が、家族とともに手術を求める嘆願書を持ってきた例もあった。

 男性は、当時も障害者の産む権利を奪って良いのかという悩みはあり、執刀する産婦人科医は特に抵抗感を抱き、手術の是非は慎重に検討していたと主張。「当時の障害者の支援が不十分だった中、今後の本人や家族の生活を考慮すると、やむを得ず手術していた面があった」とする。

 男性は、強制的な不妊手術が相次いだことについて「突き詰めると障害者の生きる権利を保障する国の制度やサービスがどんな状況にあるかという問題に行き着く」とする。旧法は1996年に改正され、強制的な不妊手術は現在は行われていない。生理の介助も医療の進展や福祉の充実でかつてのような問題は減ったが、「障害者が健常者と同じように生きる権利が保障されている世の中になったかというと疑問がある」とも述べた。

 大学教授や障害者らでつくる「優生手術に対する謝罪を求める会」メンバーの米津知子さん(69)=東京都=は「介助の苦悩から家族らが追い込まれ、手術を行っていた実態を浮き彫りにする貴重な証言。旧法がもたらした問題の一端と捉え、国はこうした手術の事例を含めて実態を検証していくべきだ」と指摘している。

(6月16日)

長野県のニュース(6月16日)