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若き蕪村、俳画の源流 絵画6点見つかる

与謝蕪村作と新たに確認された6枚の絵画。農村社会の年中行事の様子が月ごと描かれている与謝蕪村作と新たに確認された6枚の絵画。農村社会の年中行事の様子が月ごと描かれている
 江戸時代の俳人・画家の与謝蕪村(1716〜83年)が、農村の四季の伝統行事を描いた若い頃の絵画6点が新たに見つかったことが10日、分かった。蕪村の初期の絵は現存する数が少なく、絵画を確認した清泉女学院大(長野市)の玉城司客員教授(65)=近世俳諧史=は「伝記研究の史料として貴重」と指摘している。

 蕪村は簡素な絵に俳句を添えた俳画のジャンルを大成させた一人とされ、絵画の専門家は「俳画の源流を見る。研究を重ねるだけの価値が十分にある」と関心を寄せている。

 6枚は、1〜6月の月ごとの行事や風俗を描き、彩色を施している。正月の祝いや初午(はつうま)の節句(2月)のほか、3月は満開の桜の下、三味線を弾く女性や扇子を手に踊る男性らを描写。4月は釈迦(しゃか)の誕生仏に甘茶を掛ける「灌仏会(かんぶつえ)」の様子、5月は男性3人がこいのぼりを揚げる場面を生き生きと表現している。

 絵の大きさは6枚とも縦61センチ、横39センチ。いずれも蕪村の雅号「四明山人(しめいさんじん)」などの印が押されていた。このうち灌仏会の様子が描かれた絵には、1750(寛延3)年を示す干支(えと)(十干十二支)と孟夏(旧暦4月の別名)の文字、東野城(現在の茨城県)で描いたことを示す記載があった。

 1750年当時、蕪村は数えで35歳。36歳の時に京都に住まいを移すまで、結城、下館(同)などを拠点に北関東や東北地方を歩き回りながら絵を描いていたとされ、見つかった絵画もその頃の作と考えられるという。

 日本近世文芸研究家の冨田鋼一郎さん(70)=東京都=が今年に入って知人から入手。もともと茨城県内の農家に伝わり、びょうぶに仕立てられていたという。

 日本近世絵画史が専門で、蕪村に関する著書もある京都国立博物館(京都市)の佐々木丞平(じょうへい)館長は、「登場人物が柔らかく滑らかな筆遣いで描かれ、日本の伝統的な和画の部類に入る」と指摘。「蕪村の本格的に絵師として身を立てようという決意を感じる」とする。所有する冨田さんは公開に前向きで、「研究に役立ててほしい」と話している。

(7月11日)

長野県のニュース(7月11日)