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真珠湾攻撃参加の空母蒼龍の日記 41年12月8日、艦上機事故も

 1939年、高知・宿毛に停泊する空母「蒼龍」(大和ミュージアム提供)  1939年、高知・宿毛に停泊する空母「蒼龍」(大和ミュージアム提供)
 1941年12月8日、米ハワイ・真珠湾攻撃に参加した空母「蒼龍」の艦上機搭乗員の日記が埼玉県熊谷市の親類宅に残されていたことが7日分かった。開戦当日の戦果は「戦艦六、重巡数隻、飛行機六〇〇余、実ニ大勝」とする一方で、艦上機事故や、帰還しなかった爆撃機や戦闘機もあり「戦斗(闘)ノ悲惨ナル状況ニ始メテ接シタ」と実戦の過酷さもつづっていた。開戦時の状況や兵士の心情が分かる資料となりそうだ。

 97式艦上攻撃機の電信員だった島田清守さんの日記で、同年10月31日に始まり、艦隊が集結した択捉島での様子、真珠湾攻撃の状況、大分で迎えた12月31日までが記されていた。

(12月7日17時21分)

社会(12月7日)