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星野氏に全国から「ありがとう」 楽天、中日、阪神ファンら

 70歳で亡くなった星野仙一氏の功績はプロ野球各球団を通じて全国に残され、訃報が届いた6日、各地からは悼む声とともに「ありがとう」と感謝の声が相次いだ。

 東日本大震災の津波で自宅や店舗を失った宮城県南三陸町の及川善祐さん(64)。2013年に星野氏の下で楽天が成し遂げた初の日本一を仮設商店街で見守った。「被災者やボランティアの人々が抱き合い、涙を流して喜んだ。ありがとうと言いたい」と涙ぐんだ。

 球団創設以来のファンという宮城県多賀城市の高1鈴木大喜さん(15)は「田中将大投手(現・ヤンキース)を最後に登板させて優勝を決めるなど、ファンを喜ばせる采配で被災地を盛り上げてくれた。とても悲しい」と悼んだ。

 星野氏がエースとして活躍し、監督も務めた中日の本拠地・名古屋市では、往年の姿を懐かしむ声が。同市西区の公務員柳原誠一さん(53)は「もっと野球界で頑張ってほしかった。素晴らしい名監督。まだ若いし非常に残念。怒っている姿が印象的だが、選手を鼓舞し結果を出していた」と振り返った。

 約60年にわたる中日ファンの同市東区の繊維卸業坪井一徳さん(72)は「体を大きく使って投げる投手。巨人に絶対負けないという気持ちを前面に出した姿には燃えた」と話した。

 星野氏が阪神の監督に就任した02年から、毎年、阪神優勝を願い「日本一早いマジック点灯式」を実施している兵庫県尼崎市の尼崎中央3丁目商店街。同商店街振興組合の寺井利一理事長は「低迷していた阪神に一番欠けていた戦う姿勢をチームに注入してくれた。体調が悪いとは聞いていたが、まだまだ日本のプロ野球界を導くような立場であってほしかった」と悔やんだ。

 長年阪神ファンという大阪府豊中市の自営業田中カツ子さん(76)は「歴代の監督の中で頭一つ抜けていた。言うことは言うが、結果を残す男の中の男。もう一度阪神に戻ってきてほしかった」と残念がった。

(1月6日11時26分)

プロ野球(1月6日)