開催国として出場した地元での五輪は、世界との壁の厚さを痛感させられる経験となった。5戦全敗の結果しか残せなかった八反田コーチは「そんなに甘くはないと思っていた。大差の試合もあったし、60分間持続できるものがなかった」と、現実の厳しさに肩を落とした。
世界のトップを争うカナダ、米国はやむを得ないにしても、実力的な開きがあまりないと思われた中国、スウェーデンと比較しても、スピード、テクニックの差ははっきりとしていた。
ただ、今回の五輪に出場したことが、少ない競技人口の増加を呼び込み、それがさらに代表チームの強化につながる可能性はある。今後の発展を考え、第一歩と位置づけられたのが長野五輪だった。
板橋監督は「今までの強化が無駄にならないように願いたい。世界の強豪と戦えるチームをつくってほしい」とさっそく先をにらんだ。五輪で選手たちが味わった悔しい思いは、日本の女子アイスホッケーの新たな出発点になるはずだ。
(1998年2月15日 信濃毎日新聞掲載・共同)