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五輪の祭典プロデュース

 長野冬季五輪組織委員会(NAOC)は、95年2月7日、長野冬季五輪の開・閉会式や芸術展示(文化行事)を統括する「総合プロデューサー」に演出家の浅利慶太氏(61)を決めたと発表した。

 同日午後、都内のホテルで記者会見した浅利氏は「大役を仰せつかった。ノルウェー・リレハンメル五輪では心にしみる感動を覚えた。長野五輪では文化、自然、歴史、才能などの調和をまずイメージして取り組みたい」と語った。

 NAOCは、開・閉会式や芸術展示がばらばらのイメージにならないよう、総合プロデューサーのもとで調整する方針を94年夏決定。国内外で評価の高い演出家を中心に人選を進め、浅利氏を選んだ。

 同氏は「劇団四季」代表。「コーラスライン」 「キャッツ」など数多くのミュージカルの翻訳公演や、「ミュージカル李香蘭」などオリジナル作品の公演を続けている。94年9月には韓国で、初の日本語ミュージカル「ジーザス・クライスト=スーパースター」を上演した。東京都出身。大町市に劇団のけいこ場を持ち、同市に演劇資料館を建設するなど、長野県とのかかわりも深い。


 長野冬季五輪の開閉会式の演出や文化プログラムの構成を担当するプロデューサーチームの顔ぶれが95年9月9日までに固まった。総合プロデューサーの浅利慶太氏は、アドバイザーにサイトウキネンフェスティバルで長野県に縁のある指揮者、小沢征爾氏を迎えた。映像監督に飯田市出身でテレビ制作会社代表の萩元晴彦氏、イメージ監督には作家の新井満氏が就き、開閉会式やメダル授与式など式典全般の構想を練る。浅利氏が多忙なため、昭和音楽大学生涯学習センター参与の町田裕氏がアシスタント・プロデューサーとなり、NAOCとの連絡調整などにあたる。

 「文化プログラムを競技に負けない内容に充実させたい」というのが浅利総合プロデューサーの考え。永島達司氏、梶本尚靖氏、田辺昭知氏の三人の音楽プロデューサーが、協力プロデューサーとしてプロ芸術家の出演を企画、交渉。競技会場のない南信を含め全県で積極的に展開したい、との浅利氏の希望を形にするため、県内の文化事情に詳しいオフィス・繭代表の尾崎明子さんがアシスタント・プロデューサーとして地元調整を進める。

 アマチュア文化・芸術団体の参加も大会を盛り上げる重要な課題。信州博で催事プロデューサーを務めた信越放送事業局長の島崎裕氏が地元文化プログラム担当監督となり、県民参加の準備を進める。


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