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3月13日(金)
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ナガノから歴史をつくる アイススレッジホッケー日本チーム



 1点が歴史をつくる。1勝で伝統が始まる―。十二人はそう念じてリンクに飛び出した。全員の思いは二時間後、現実になった。

 十二日、長野市のアクアウイングで行われたアイススレッジホッケーの米国戦。日本は2―1でライバルを下した。初出場のパラリンピックで三試合目にして初勝利。ベンチから引き揚げる男たちは高ぶっていた。

 この試合の主将を務めた石田真彦選手(30)=名古屋市=は「きょうまで本当につらかった」。先制点をアシストした矢口敦也選手(21)=松本市=も「やっと(点が)取れた」と笑顔に包まれた。

 平たんな道のりではなかった。長野パラリンピックの開催が決まった九三年九月当時、競技は国内でほとんど知られていなかった。ビデオで見る北欧チームのボディーチェックの激しさに、「日本でチームが本当にできるのか」と危ぶむ声もあった。練習が本格化したのは九四年秋。リレハンメルパラリンピックから半年ほどがたっていた。

 日本チームのメンバーは長野サンダーバーズ、北海道ベアーズ、TOKYO ICE BURNS(東京アイスバーンズ)の各チームに所属する。車いすバスケットボールの経験者が多い。中核を担ってきたのが長野サンダーバーズだ。

 やまびこスケートの森アイスアリーナ(岡谷市)をホームリンクに、五、六月以外はほぼ毎週土曜日に練習する。氷に乗れるのは営業前の朝六時から二時間だ。

 石田は午前二時に自宅を出て、眠気をこらえて通った。「リンクが長野市だったら続かなかったかもしれない」と冗談ぽく話す。高校ではラグビー選手。左足を失ってから初めて出合った「激しい接触プレー」に心が躍った。吉川守選手(28)=飯田市=も練習に参加しやすいよう、勤め先を変えてまでホッケーにこだわった。

 ひとしきり勝利の味に浸った選手の心は「長野の次」に向かっていた。2得点を挙げた加藤正選手(29)=岡谷市=は記者会見で、「四年後のソルトレークシティーではアメリカにもっと楽に勝ちたい。もっと上を目指したい」と宣言。1勝を挙げたとはいえ、予選リーグ敗退に甘んじたチームメートの闘志を代弁した。

 長野サンダーバーズは練習後、着替え中に一枚の封筒を回し合う。年会費とは別に、リンクで汗を流すたびに一人千円の募金を集めるためだ。強化補助を除けば、一回四万円のリンク代などはみんなで負担してきた。

 会計担当の吉川は話す。「僕らを見てホッケーをやりたい障害者も出てくる。これからのリンク代の足しになれば。若手のためだし、自分のためでもある」。日本のアイススレッジホッケーの先駆者たちのゴールはずっと先にある。



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Copyright 1998 信濃毎日新聞 The Shinano Mainichi Shimbun