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取材続け「障害者参加」考える 両脚不自由な北海道の坂村さん


 長野パラリンピック・アルペンスキー会場の志賀高原(下高井郡山ノ内町)で、両脚が不自由な北海道中札内村の坂村堅二さん(29)が、十勝地方の地元紙の依頼でつえを突きながら競技取材を続けている。登山中の事故で腰の骨を折ったが、山登りを再開、アルペンスキーも始めた。四月から、阿寒湖畔で障害者も受け入れる野外活動体験施設づくりに仲間と取り組む。パラリンピックに触れ、「競技以外の分野にも障害者の参加を」という信念を強めた。

 坂村さんは大学山岳部時代の九〇(平成二)年、日高山脈で沢登り中に滝で転落。仲間に背負われ入院した。腰の骨の粉砕骨折による両下肢不全まひ。左ひざの機能だけが残り、両脚の内側以外は感覚がない。

 「ショックがなかったとは言わないが、生きて帰れた気持ちの方が強かった」。車いす生活の後、集中的なリハビリで、事故から約半年後には松葉づえで歩行できるようになった。九一年五月に周囲の反対を押し切って日高の山に単独で登り、登山を再開した。

 九二年に中札内村役場に就職する前、帯広市で開かれた障害者スキー講習会に参加してアルペンスキーを始めた。「山スキーに役立てば」との動機だったが、障害があるスキーヤーと出会って「自分が障害者と自覚した」。病院にあれだけいた障害者を野外では見かけないことにも驚いた。

 登山界には、ヒマラヤで遭難して凍傷で両足を失いながら登山を続けたり、義足で米国の標高差約千メートルの大岩壁を登った人がいる。坂村さんはこうした例を励みにできた。だが、日本では、情報や助言の提供を含め、障害者への支援態勢が特に地方では整っていない。

 坂村さんは四月、知人の登山ガイドらが阿寒湖畔に野外活動体験施設をつくるため設立する新会社に入社する。「障害者も受け入れるバリアフリー型の施設」が目標。ここで働きながら社会福祉士の資格取得も目指す。

 パラリンピックを見て、「競技には社会的な環境整備が必要だが、自然の中には自分の意志さえあれば入っていける」と実感した。競技だけでなく、カヤックや岩登りを趣味として楽しむ米国選手の明るさも印象に残ったという。「社会福祉士の資格を取ったら、米国で福祉を勉強したい」。ジャケットに、米国アルペンスキーの第一人者グレッグ・マニノ選手が書いたサインがあった。



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