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6月12日(土)
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関心の高まり追い風 JPC、強化と普及の両立期待
日本の障害者スポーツはかつて、主にリハビリテーションや社会参加の方法として位置付けられてきた。厚生省や同協会が主催する全国身体障害者スポーツ大会は、個人競技の出場回数に制限を設け、参加者の拡大に重点を置いた。 一方、一九八九年に国際パラリンピック委員会(IPC)が設立されて以降、海外では障害者スポーツの競技性が急速に強まり、元五輪選手を指導者に迎えたり、スポンサー企業を持つ選手も登場した。日本選手からは、「このままでは差が開く一方」との焦りも出ていた。 こうした状況を一変させたのが、昨年の長野冬季パラリンピックだ。同協会は九五年から大会競技で選手強化を開始。身体機能の高い選手の発掘や強化合宿、海外遠征などを重ね、金十二個を含む四十一個のメダルを日本にもたらした。また、観客数は関係者の予想を上回る十五万人に達し、障害者スポーツ、特に競技性に対する国民の理解、関心を一気に深め、JPC設立につながった。 だが、JPCにも課題が多い。パラリンピック競技は夏冬合わせて二十以上。ほとんどの競技で指導スタッフが不足している。トレーニング法などを研究する機関やスタッフは不在だ。現在、日本身体障害者スポーツ協会の財源は「障害者スポーツ支援基金」助成金や寄付金などが中心で、選手強化費は同基金からの四千四百万円だけ。設立後のJPCの財源基盤がどこまで充実するか、現状では心もとない状況だ。 競技だけでなく、障害者の「生涯スポーツ」の振興にも一層の取り組みが求められる。欧米に比べ立ち遅れているアジアの障害者スポーツで日本が果たすべき役割も大きい。JPC設立には大きな意味がある。(井上典子記者) 【日本身体障害者スポーツ協会】 一九六四年の東京パラリンピックを運営した国際身体障害者スポーツ大会運営委員会を母体に、六五年に発足した。ジャパンパラリンピックをはじめ、全国身体障害者スポーツ大会の開催、国際パラリンピック委員会(IPC)など国際組織との連絡や調整、国際大会への選手、役員派遣などを行い、IPCに加盟している。長野パラリンピックには、三十二カ国が参加、日本選手団は百四十一人(うち選手七十人)。IPCには百六十四カ国・地域が加盟し、JPCと同様の国内パラリンピック委員会(NPC)は約四十ある。
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