TOP2014年12月遺族つなぐ最後の166枚 撮影した南箕輪の高木さん母ら悲しみ共有
噴火当日の写真を見ながら故人をしのぶ所清和さん(中央)ら遺族たち=20日、愛知県一宮市

 戦後最悪の火山災害になった御嶽山(長野・岐阜県境、3067メートル)の噴火で、亡くなった上伊那郡南箕輪村の高木啓光(ひろみつ)さん=当時(37)=が噴火直前まで登山者の様子などを撮影した166枚の写真が残っていることが26日、分かった。27日に噴火から3カ月となるのを前に、これらの写真を介して県内外の遺族6人が愛知県内で顔を合わせた。57人の犠牲者の居住地が16都府県に及ぶ火山災害で、互いに悲しみを分かち合うため、遺族同士のつながりを広げたいとの願いを強くしている。

 高木さんは、登山開始から噴火直前にいた山頂の剣ケ峰までの間で写真を撮影。このうち140枚近くは剣ケ峰周辺の様子で、登山者が大勢写っていた。亡くなった愛知県一宮市の所祐樹さん=当時(26)=と交際相手の丹羽由紀さん=同(24)=が寄り添う姿も写っていた。

 噴火直前の所さんの足取りを父清和さん(53)が調べていると報道を通じて知った高木さんの母佳子さん(64)は「何かの役に立つのではないか」と伝えた。写真を受け取った清和さんは「生きた証しになる」と涙をこぼした。

 噴火災害では、32人が剣ケ峰で亡くなった。高木さんの写真には、他の死者・行方不明者とみられる約20人が写っていることも判明。清和さんは「ほかの家族にも見せてあげたい」と考え、約20人の関係者に連絡した。希望した1都5県の9人の遺族や親族に写真を提供。それぞれ感謝する返事が届いたという。

 清和さんは、噴火前の写真を集めて犠牲者の足取りを追い、さらに噴火当時の状況を知りたくなった。佳子さんや、写真を受け取った遺族には「遺族同士のつながりがほしい」との思いがあり、連絡を取り合った人たちが20日に清和さん宅に集まった。

 集まったのは、清和さん夫妻、佳子さん、丹羽さんの母真由美さん(50)=一宮市、亡くなった野口泉水さん=当時(59)=の妻弘美さん(56)=北安曇郡池田町、愛知県内の女性遺族1人の計6人。

 当日は、所さんや野口さんが噴火前に撮った写真も見せ合った。弘美さんは「高木さんの写真は遺族をつなげるために撮られたみたいだ」と話した。真由美さんは「同じ思いの人が集まったので精神的に楽になった」、愛知県内の遺族は「本音で話せた。今後も遺族同士で意見交換していきたい」と言った。

 遺族は将来、被災した人たちが撮影した写真を集め、「ほかの遺族が閲覧し、つながりができるようになればいい」(清和さん)と考えている。

2014年12月27日掲載