TOP2015年08月不明者家族への対応 寄り添い、どう支えるか
御嶽山上空を飛行した自衛隊ヘリを降りた行方不明者家族ら=7日午前10時17分、王滝村の八海山

 再捜索8日目の5日午前、木曽郡木曽町。昨年9月27日の御嶽山噴火で行方不明になった会社員高橋裕輝さん=噴火当時(40)=の家族が滞在する民宿に、県警担当者が訪ねてきた。高橋さんを念頭に置いた4日の活動について資料をまとめ、説明した。姉山本磨珠さん(45)=札幌市=は「昨秋と違う」と感じた。

 噴火直後の救助・捜索中、安否不明者の帰りを待つ家族に提供される情報は乏しかった。再捜索で県木曽合同庁舎(木曽町)講堂に設けられた待機所では毎日、捜索を終えた隊員や県、県警の幹部がその日の様子を地図、写真、動画を示して説明。家族の質問に答える時間も設けた。

 県災害対策本部は再捜索の基本方針の一つに「家族の思いにできる限り寄り添った対応」を掲げた。家族が宿泊先と待機所に移動する際には、県と県警の担当者が公用車に同乗。交代で待機所に詰めた県木曽保健福祉事務所の保健師4人は、担当者と家族の状況を共有して見守った。家族の希望があれば、自衛隊の大型ヘリコプターで山頂の様子を見てもらった。

 ただ、県は昨年10月16日いっぱいで捜索を一時中断してから今春まで、家族にほとんど連絡しなかった。今回、県が中心になって待機所を取り仕切ることに、家族が戸惑ったこともあった。

 7月29日、犠牲者の遺族でつくる「山びこの会」事務局代表のシャーロック英子さん(56)=東京都目黒区=が家族を励まそうと待機所を訪ねようとした。県は家族側の意向を確かめず、「『まだ遺族ではない』という家族がいる」と説明し、引き取ってもらった。シャーロックさんは、複数の不明者の家族と連絡を取り合っている。愛知県刈谷市の大学生野村亮太さん=噴火時(19)=が戻らなかった父敏明さん(55)は、シャーロックさん訪問を後から知り、「会いたかった」と話した。

 対策本部が再捜索の終結を決めた6日夕、家族の1人が体調を崩し、家族が「噴火直後に対応した木曽町職員に対応してほしい」と希望した。昨秋設けた町の待機所に詰めた職員が派遣され、付き添った。原隆副町長は「昨年の過酷な状況を知る職員なら、分かってくれると思ったのだろう」。

 6日夜、再捜索終結を知らされた野村さんは、県幹部と待機所で向き合っていた。「これで終わりたくない」。面談は3時間に及んだ。県や県警に「家族に寄り添うという部分は感じた」と振り返るが、前日の5日に6日に終了を含めて判断すると突然告げられたことに納得がいかなかった。

 対策本部長の阿部守一知事は6日夕の記者会見で、「家族の皆さまには、日々の活動状況を詳しく伝えてきた」と理解を求めた。

 野村さんは7日、県警の家族担当者から活動終了のあいさつを電話で受け、寂しくなった。対策本部は「やり切った」とするが、家族の心の苦しみは消えないまま、それぞれの自宅に戻った。

 山びこの会は、不明者の家族の入会も受け入れている。シャーロックさんは、家族の気持ちを確かめて、必要があれば協力したい考えだ。噴火災害から10カ月余、各地に散らばる遺族や不明者の家族の心を支える公的な仕組みは十分にない。野池明登・県危機管理監兼危機管理部長は「家族にどう対応していくか、これから検討しないといけない」と話すにとどまっている。

2015年8月 9日掲載