TOP2015年09月9合目で、8合目で、山麓で... 手合わす午前11時52分
登山可能な範囲で最も山頂に近い場所で祈る登山者ら=27日午前11時52分、木曽町黒沢口登山道9合目の石室山荘付近

 「僕らだけ生き残ってすみません」。噴火時刻の27日午前11時52分、御嶽山9合目の石室山荘にある献花台で、愛知県豊田市の公務員松竹朋宏さん(49)は黙とう後につぶやき、目頭を押さえた。

 頂上の剣ケ峰に向かう八丁ダルミで仲間3人と噴火に遭った。塔の陰に逃げ込み、全員無事だった。だが、この1年、自分たちが逃げ込んだことで亡くなった人がいたのではないか、と自身を責めてきたという。

 この日の御嶽山の紅葉も見事だった。大勢が石室山荘や8合目の女人堂に足を運び、犠牲者を悼んだ。黙とうを終えた松竹さんは表情を戻し、「区切りと言えば変だが、来ることができて良かった」と話した。

 車で行くことができる王滝村田の原でも、多くの遺族や登山者が献花台の前で手を合わせていた。

 愛知県刈谷市の野村敏明さん(55)は、行方不明のままの息子亮太さん=当時(19)=がいるはずの御嶽山を見上げていた。「いまだに見つけてさえもらえないのは無念でならない」とする。「きょうの節目が過ぎれば、世間は普段の日常に戻る。だが、行方不明者家族の気持ちは元に戻らない」

 追悼式が行われた王滝村の松原スポーツ公園。王滝頂上山荘付近で噴火に遭遇した三重県鈴鹿市の羽根一男さん(60)は、開始前に木曽仏教会などによる追悼法要を見守りながら、犠牲者の冥福を祈った。30回ほども登った御嶽山。「これからも山登りを続けたい」と話した。

 追悼式には、昨年秋、今年夏と2度の捜索に従事した県警や自衛隊、消防の関係者も出席。5人の行方が分からないことへの無念さをかみしめ、犠牲者の冥福を祈った。木曽署の田中浩一署長は「経験したことのない噴火災害だった。最大限の捜索はしたが、いまだに行方不明者を発見できていないのは本当に悔しい」と無念さを口にした。

 御嶽山8合目の女人堂で働く小寺祐介さん(35)は、噴火当時、山頂近くの二ノ池本館支配人だった。「御嶽山に登ってくる遺族の話を聞いていると、悲痛な思いはまだ消えていないと実感する」と言った。

 噴火から1年。「追悼式を終え、そうした人たちの心の負担が少しでも減ればいい」と願う。「山で亡くなった一人一人の足跡や思いを胸に刻みながら、山の仕事を続けていこうと思う」。そう決意を新たにした。

2015年9月28日掲載