TOP2015年09月包み込む祈り 生還者と遺族、対面の場に
追悼式後、シャーロック英子さん(左)と話す正沢功さん=27日、王滝村の松原スポーツ公園

 御嶽山に向けてしつらえられた献花台が、犠牲者への思いがこもった白い菊で徐々に埋まった。27日、木曽郡王滝村で行われた噴火犠牲者の追悼式。遺族や行方不明者の家族、国や自治体の関係者らだけでなく、犠牲者の霊を慰めようとする一般の人たちも午後にかけて次々と訪れ、静かに手を合わせた。1年前と同じ紅葉の盛りを迎えた御嶽山はこの日、犠牲者への祈りで包まれた。

 犠牲者をしのぶ追悼式は、接点がなかった生還者と遺族を結び付ける場にもなった。

 山頂の剣ケ峰から生還した千葉県松戸市の蕪木(かぶらぎ)峯子さん(70)は、犠牲になった名古屋市の会社員浅井佑介さん=当時(23)=の両親と初めて会った。気が重かったというが、浅井さんの両親から逆に慰められた。

 下山後、蕪木さんは噴火前に撮影した写真の1枚に浅井さんが写っているのに気付いた。撮影場所は8合目と9合目の間の富士見石付近。午前9時40分すぎだった。浅井さんがほほ笑んでいるのも分かった。蕪木さんを追い越していくところだった。

 写真は事前に両親に届けた。「紅葉を撮ったら、たまたま(浅井さんが)写っていたんです」。追悼式前、蕪木さんは説明した。「(剣ケ峰まで)登ったかな」と聞く浅井さんの父に、「登ったと思います、私たちより足が速かったから」と伝えた。

 面会を望んだのは浅井さんの両親の方だった。噴火当日の浅井さんが写った写真は少ないという。蕪木さんの写真で息子の元気な姿を目にし、足取りの一部が分かった両親が「ぜひお会いしたい」と願った。

 「運良く無事に下山されたのだから、苦しまないでこれからの道を生きてほしい」。浅井さんの母はそう願う。「喜んでもらえたのは、生き残った私にとっても慰めになった」。蕪木さんも胸のつかえが一つ取れた。

 噴火当時、王滝頂上山荘の支配人だった王滝村の正沢功さん(47)は追悼式前日の26日、被災者家族でつくる「山びこの会」事務局代表のシャーロック英子さん(56)=東京都目黒区=と初めて会った。現在勤める王滝村田の原の宿泊施設にシャーロックさんらが宿泊。「遺族とは初めて話すんです。どう思われているか分からなくて...」。夕食後、正沢さんが切り出した。

 シャーロックさんや夫を亡くした妹の伊藤ひろ美さん(54)=東御市=は、登山者や犠牲者が撮影した多くの写真をパソコンに保存。全国にいる遺族や登山者から集め、犠牲者が亡くなった地点や行方不明者の居どころを分析していた。正沢さんは「力強く前向きに、こんな地道な作業を噴火後にずっと続けてきたのか」と驚いた。

 正沢さんは噴火の体験をあまり語らずに来たという。だが、遺族に会って「体験を伝えるのが、あの時山小屋にいた私の役割」と思うようになった。

 「生還した人は、想像以上に罪の意識を感じているが、今回は勇気を持って話してもらった」とシャーロックさん。「遺族は(御嶽山で)どんなことがあったのかをもっと知りたい」と願った。

2015年9月28日掲載