写真グラフ
 

失ったシンボル 癒えぬ傷  上田・浦里小火災
(2012年9月17日掲載)
 

張られた規制線の外側から、学校の様子を見つめる近隣住民。毎日訪れている卒業生もいる=14日




毎晩、パトロールを続ける上田市消防団第18分団。学校周辺は車を降りて念入りに歩いて確認する=12日




保護者や住民らも引率し、集団登校する子どもたち=13日午前8時すぎ
 

9日間にわたった上田広域消防本部と上田署の実況見分。焼け落ちた北校舎やトイレ周辺を調べる署員ら=13日




全焼した旧管理棟南側やトイレ、北校舎などを白いシートで覆う作業。校庭には重機が入り、木材などの撤去作業を進める=15日



火災発生の夜、白煙を上げる校舎をぼうぜんと見つめる卒業生の中学生たち=6日午前0時4分

 5日夜の火災で、1924(大正13)年にできた旧管理棟(旧校舎)と、1950(昭和25)年建築の北校舎が全焼した上田市浦野の浦里小学校(滝沢俊明校長、92人)。児童は南校舎を使って授業を再開したが、地域のシンボルとして長年愛され、数多くの映画やドラマの撮影が行われた建物を失った卒業生や住民らのショックは癒えぬままだ。校庭には重機が入り、焼けた柱や板の撤去準備も始まった。

 焼けた校舎などの周りは、危険防止や子どもたちに対する配慮もあって白いシートで覆われた。規制線も張られているが、外側からは同校で学んだ人たちが不安そうな表情で見つめている。近くの男性(60)は、火災発生時に駆け付けて以来、毎日現場の様子を見に足を運ぶ。「皆の思い出がたくさん詰まっていた。変わり果てた今の姿を見ているのはつらいが、更地になった時は、それでまた寂しい」。複雑な思いを口にした。

 子どもたちは、地区ごとの15のグループで集団登校している。校舎西側の柵を取り外して設けた臨時の出入り口を使用。地域住民や保護者が引率する姿も見られる。火災のため通学路も変更したが、交通量が多い道路もあり「周辺の安全が確認できれば、早く元に戻したい」と滝沢校長。18日からは給食を再開する。

 同校近くに詰め所がある同市消防団第18分団の団員は、ほとんどが卒業生。火災発生の1時間前に周辺を巡回しており、出火後も団員が現場へ最初に到着しただけに、悔しさが募る。毎晩、火災発生時刻に合わせたパトロールを続けている。

[写真・文 太田一彰]
 
写真グラフ 信毎フロント

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