写真グラフ
 

苦労が生む良質の繭  飯田下伊那 高齢化進む農家14戸
(2013年8月26日掲載)
 

人工飼料で育った3齢の蚕に初めて桑の葉を与える「桑付け」作業=7月14日



畑から刈り取ってきた桑を背中に担ぐ。一束の重さは15キロを超える重労働だ=7月26日



約7万匹の蚕が育てられ、桑の葉を食べる音が響く=7月26日



糸を吐く状態になった蚕を格子状の枠の中に入れる「上蔟(じょうぞく)」作業。雨が降ったこの日は、湿度を下げるために練炭をたき、室温が38度を超える中で作業をした=7月29日



出荷直前、専用の枠の中から取り出した繭の表面のけばを取り除いた後、手の感触を頼りに丁寧に繭を選別する=8月8日
 

<食欲旺盛な3齢> 約1センチに育った3齢の蚕。桑の葉を与えるとすぐに食べ始めた=7月17日




<4齢 頭を上げる> 約3センチに育った4齢の蚕。脱皮する前に頭を持ち上げる=7月21日




<糸吐く直前5齢> 盛んに桑の葉を食べる約6センチに育った5齢の蚕。間もなく、糸を吐き出すようになる=7月26日




<糸を吐き始める> 格子状の枠の中で糸を吐き始めた蚕=7月29日




<枠内に並ぶ繭> 真っ白な繭になって並ぶ=8月2日

 かつては繭や生糸の生産量が多く、「蚕糸王国」と呼ばれた信州。県内で最も養蚕業が盛んだった大正から昭和初期、財団法人大日本蚕糸会(東京)によると農家数は最多で16万戸を超え、年間の生産量は4万8千トンを上回った。しかし昨年は22戸、約6千キロ。良質な繭の産地で知られる飯田下伊那地方でも高齢化や後継者の不在で毎年のように養蚕農家は減り、今年は平均年齢が80歳に近い14戸が伝統の養蚕業を守っている。

 祖父の代から営む飯田市長野原の小笠原健一さん(75)は妻の利子さん(72)と、春、夏、秋の年3回、それぞれ約7万匹の蚕を飼育。昭和50年代ごろまでは周りの農家のほとんどは「お蚕飼い」で、一面に桑畑が広がっていたといい、健一さんは「お蚕飼いが少なくなって寂しいね」。

 朝晩の桑の刈り取り、重さ15キロ以上にもなる桑の運搬など重労働だ。生きものが相手なので、作業が深夜に及ぶこともある。苦労の多い仕事に知人からは「もうやめないよ(もうやめたら)」と声をかけられるというが「日本経済を支えてきた産業。後継者がいないから引き継ぐことはできないが、体が動くうちは伝統を守り続けたい」と話していた。

 南信州の繭は全国の呉服店や問屋などから引き合いがある。みなみ信州農協下条支所の桑原明良さん(47)は「農家の高齢化などで5年先のことは考えられない状態だが、できるかぎり頑張ってほしい」と願っている。

[写真・文 渡会浩]
 
写真グラフ 信毎フロント

掲載中の記事・写真・イラストの無断転用を禁じます。
Copyright© 信濃毎日新聞 The Shinano Mainichi Shimbun