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「阿島傘」伝承し20年  喬木の会、子ども向け体験教室
(2014年12月1日掲載)
 

<作り方を知る> 「阿島傘の会」会員の指導を受けながら慎重に傘の骨組みに和紙を貼り付けていく喬木第一小の児童たち=11月25日




骨組みを均等に広げて糸を通して固定し、強度を増すために和紙を貼り付けていく会員たち=10月31日




喬木村内で唯一阿島傘の製造と販売を続ける菅沼商店。作業場の前の畑で油を塗った傘を天日に干す=11月27日
 

<歴史を教える> 昭和初期の傘作りの様子を紹介する展示の前で阿島傘の歴史などについて小学生に説明する「阿島傘の会」の会員=11月18日



村の文化祭で展示した阿島傘。昨年児童が作った色とりどりの傘も並び、傘に塗られた油の香りに「良いにおい」と懐かしがる人も=11月8日




会員らの前で実演しながら指導する「阿島傘の会」の小林会長。和傘の骨組みのしなりを調整した=10月31日

 下伊那郡喬木村に江戸時代から伝わる和傘「阿島傘」。途絶えかけた伝統を残そうと住民有志らがつくった「阿島傘の会」が、今年で発足20年を迎えた。会員たちは村阿島傘伝承館を拠点に技術を受け継ぎ、子どもたちの体験教室なども開いて後世に阿島傘を伝えようと奮闘している。

 11月25日、伝承館に子どもたちの元気な声が響いた。この日、傘作り体験に訪れた喬木第一小学校の4年生49人は、「阿島傘の会」会員の指導を受けながら、放射状に広がる骨組みに和紙を貼る作業を体験。でんぷんと柿渋を混ぜたのりをはけで骨に塗り、扇形に切った和紙を丁寧に貼りつけていった。参加した桐生慧(さとい)さん(9)は「いつか最初から最後まで傘作りをしてみたい」と笑顔で話した。

 阿島傘は、他の地域の華美な和傘に比べると、色合いが地味で実用本位の番傘。明治から昭和初期にかけて盛んに作られ、1948(昭和23)年から49年にかけては村内で160軒ほどが年間計約30万本を生産し、地域の基幹産業の一つだった。しかし、洋傘の普及で急速に業者が減少。会が発足した20年前には、村内の業者は1軒だけになっていた。

 会は、阿島傘を作ったことはあるものの、家業としては廃業していた人を中心に約20人で発足。発足時から会長を務める小林武司さん(87)は、中学生の時から傘作りに携わった。会の活動では、経験のない会員に実演を交えながら傘作りを指導。必要な道具や資料なども収集し、伝承に務めている。

 小林さんは「会員の高齢化で指導者が減り、苦しい時期もあったが、徐々に後継者が育ってきてくれている」とする。会は現在、傘を作って展示するなどの活動が中心だが、今後も技術を守り続けるには、販売にも取り組み、会員の意欲を高めていくことが必要と強調。消費者に阿島傘を受け入れてもらえるように、伝統を生かしつつも模様や絵柄を入れるなど、明るい色合いの傘の研究も続けている。

[写真・文 渡会浩]
 
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