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茅野の寒天作り 最盛期  原料高・減る干し場…変わる環境
(2014年12月22日掲載)
 

<湯気際立つ厳寒> もうもうと湯気を上げる海藻の煮汁をクレーンなどで移し、ろ過する作業。主に深夜から未明にかけて行われる=12日、茅野市宮川




<雪降る日に> 値上がりが続く原料のテングサ(赤紫色)とオゴノリ。煮詰める前の水洗い作業は雪でも毎日行われる=16日




<晴れた日に> 冬晴れの空の下、広げられ凍り始めた角寒天。区画整理で周辺に住宅が増え、干し場になる水田も少なくなってきている=18日
 

<ひと冬の家族> 北海道深川市から親子で住み込みで働きに来ている佐藤学さん(左)と栄作さん(左から2人目)。寒天作りの期間中はこの部屋で従業員が寝食を共にする=9日




寒天作りが本格化する前に「干し場」を準備。休耕田などを借り、稲わらをまいた上に杭を打つ=9日




組合が正月料理向けに試作した「長いも寒天スモークサーモン巻き」。消費拡大を狙って寒天を使った料理教室を定期的に開いている=18日、茅野市宮川の組合事務所

 諏訪地方の厳しい冷え込みや乾燥した気候を生かした角寒天作りが最盛期を迎えている。近年は原料の値上がりや工場周辺の宅地化など取り巻く環境が変わりつつある。国内有数の生産地である茅野市で寒天作りの今を見た。

 同市宮川の寒天製造会社イリイチでは毎年12月になると、北海道から出稼ぎに来る人を迎え、地元の従業員と合わせ15人で2月中旬まで寒天作りに取り組む。

 北海道深川市から三男の学さん(24)と働きに来ている佐藤栄作さん(60)は今年で24年目。自営の塗装業は冬場は仕事が無くなるため知人に紹介してもらったのがきっかけだ。「最初は仕事を覚える大変さや家を離れる寂しさもあったが、冬の稼ぎに助かっている」と佐藤さん。学さんも家業を継いだ2年目から来るようになり、今年で6年目。「他の従業員ともずっと一緒にいるので、もう家族のようです」と笑い、来年以降も続けたいと話した。

 県寒天水産加工業協同組合(茅野市)によると、昨年度の諏訪地方の角寒天生産量は約70トン。1939(昭和14)年には茅野市や諏訪市などに計245軒の寒天工場があり1200トン余を生産していたが、粉末寒天の普及や家庭料理の洋食化、後継者不足などのため、工場は現在12軒にまで減少した。

 加えて、主に輸入に頼っている原料のテングサは、資源保護を目的とした採取制限から価格が上昇傾向。元値が上がったところに円安も影響し、5年前に比べ価格が約2倍になっているという。

 小池隆夫組合長(69)は「組合でも値上げは考えているが、消費低迷にさらに拍車がかかるのでは、と組合員の中でも意見は分かれている」とする。同組合は食育イベントに参加したり、角寒天を使った料理をPRしたりするなど、需要拡大に向けた新たな取り組みも続けている。

[写真・文 有賀史]
 
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