写真グラフ
 

助け合い 直し 春を待つ  県北部地震2カ月 厳冬ただ中の白馬・小谷・長野
(2015年1月26日掲載)
 

柱を金具で補強したり、剥がれ落ちた土壁に板を打ち付けたりするなどの応急処置を施した自宅に戻った鷲沢捨男さん=16日、小谷村中土奉納




耐震工法による屋根の修復工事が進む住宅。周囲にはブルーシートに覆われたままの住宅も点在する=14日、長野市箱清水




避難場所の校庭や体育館が被害を受けたため、新たな避難経路の確認を目的に行った鬼無里中学校の避難訓練=14日、長野市鬼無里
 

<こたつ囲んで> 応急仮設住宅の同棟で1人暮らしをする(左から)太田節子さん、寺川寿和さん、柏原明子さん。「コミュニケーションを取り、助け合っていきたい」と、こたつを囲んで笑い合う=19日、白馬村神城飯森



深い雪の中、明かりがともる応急仮設住宅。現在も34世帯80人が暮らす=22日夜、白馬村神城飯森




旅館で避難生活を続ける鍛冶倉朝子さん。6畳の客室で夕食を食べながら「あれから2カ月、長く感じます」=16日、小谷村北小谷の姫川温泉「朝日荘」



県内外から寄せられた応援メッセージや千羽鶴が飾られた白馬村役場内の災害対策支援室=20日

 県北部で最大震度6弱を記録した地震の発生から2カ月。被害が集中した北安曇郡白馬村や小谷村など被災地の多くは深い雪に覆われて復旧作業が進まず、22日現在で計70世帯151人が自宅に戻れていない。仮設住宅や避難所で厳しい冬に耐える人たちは、それでも前を向きながら春を待ちわびている。

 自宅が全壊した白馬村神城堀之内の寺川寿和さん(67)は、避難所生活を経て、昨年末に応急仮設住宅へ1人で入居した。同じ棟に住む1人暮らしの太田節子さん(68)=三日市場、柏原明子さん(82)=堀之内=に「(力仕事など)何かあれば手伝いますから」と声をかけたことで交流が始まった。手料理を振る舞ったり、お茶飲みをしたりするようになり、「家族みたいに遠慮なく話せる」と太田さん。柏原さんは「昔からの友達みたい」と笑顔で話す。

 築100年を超える自宅が損壊し、近くの山には地滑りの危険もある小谷村中土中谷西の鍛冶倉朝子さん(77)は、村内の旅館に避難し、1人で生活する。「自宅の周りが雪で埋まり、すぐに修復できない」と不安も尽きないが、「(周りの人に)よくしてもらって、感謝の気持ちでいっぱい」。

 最低限の修復をして自宅で生活を再開した人もいる。同村中土奉納の鷲沢捨男さん(78)は、被災した自宅の梁(はり)と柱を金具で補強し、剥がれ落ちた土壁に板を打ち付けシートで覆うなどの応急処置を施し、12月中旬に約3週間の避難所生活から自宅に戻った。

 シートをめくれば屋外の雪壁が見え、常に隙間風が吹き込む。快適とは言えない状況だが、本格的な修復工事は雪が解けないと始められない。「今も危険という意識はある」というが、「家族のことを考えたら何が何でも帰りたかった。やっぱりわが家はほっとする」と話している。

[写真・文 中村桂吾]
 
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