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新海監督にお聞きしました。

CMには、新海監督ご自身の体験が織り込まれていますか。

CMと同じ体験が自分にあるわけではありません。CMの15秒の中で何が描けるだろうと考えたときに出てきたのが、『遠くに行ってしまうであろうお父さんに向かって、必死で自転車で追いかけながら「ありがとう」と叫ぶ』というものでした。 そのままの原体験ではありませんが、少女が自転車で走っていた道は僕が高校時代に学校まで自転車で通っていた道です。基本的には小海線での通学でしたが、時々天気の良い日には1時間以上かけてあの道を通っていました。「高岩(たかいわ)」という場所の、小海の「家に帰ってきたんだな」という思い入れのある道です。

 

 

CMの中で夕日が
魅力的に描かれています。
「君の名は。」でも、黄昏(たそがれ)時が美しく表現されています。
夕日に込めた思いを教えてください。

夕日を思い出すときに、いつも思い浮かべるのが高校の帰り道に小海線の窓から見えていた夕日です。毎日電車に乗っている時間眺めていました。佐久の夕日は特別だと思います。空の雲の表情がすごく複雑で豊かで、風も強くて刻一刻と形も変わるし、色そのものが繊細にうつり変わっていきます。夕日が沈みきるまで眺めていても、毎日見ていても飽きない空でした。このCMでも、あの空をまずは描きたいと思いましたし、自分自身が映画を作るときにも、毎日眺めていた少しずつ変わっていく空というものを、物語のクライマックスなどの大事な瞬間に、あの空を入れたいという気持ちが出てくるのだと思います。

 

 

「大切なことを、伝える。」という言葉と新聞はどうつながっているのでしょうか。

新聞は事実を伝えるメディアですが、伝えるという中に気持ちがあり、伝わる人と伝わらない人がいたとしても、「伝えたい気持ちを必死にたずさえて大きな声で叫ぶ」のがその役割かもしれません。あの少女も同じように、お父さんに何か伝えたくても伝えられなかったことがあるだろうと、言葉は届かないかもしれないけど、思いを伝える行為を全身全霊で表わして「ありがとう」と叫ぶわけです。新聞にも誰かに何かを伝えたいという、必死で切実な思いが前提にあってほしいと考えました。

 

 

CMの「続編が見たい」という
声も届いています。
もし、いま続編を描くとすれば、どんなストーリーでしょうか。

CMの少女は高校を卒業して一度は地元を出るかもしれない。その時に、自分が生まれ育った土地を離れて何かを経験するとき、自分自身を作ってきたのが地元の親や友人、学校などだったと強烈に思い知らされ、実感する時が来ると思います。そんな時がCMとして切り取れる瞬間かもしれません。