TOP2017年01月「生そば」の実力は

 明けましておめでとうございます。今年も「信州そば漫録」のご愛読を、よろしくお願い申し上げます。

 暮には皆さん、年越しそばを無事に食べたことと思います。マスコミなどでは、蕎麦の話題は比較的少なかったような気がしますが、家庭で食べる人は、相変わらず多かったことでしょう。それに少しは関係するかしら、と「生そば」のことを書いてみます...。

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 昨秋から、市販されている「生(なま)そば」の味について、いくつか考えさせられた。この業界で、技術革新など、大きな変化が起こり始めたのだろうか。見方によっては、手打ちそばの店、業界にも強い影響を与えるかもしれないな...と。

 始まりは、偶然に、知人から頂いた「生そば」である。近所の知り合いが作っているので、つきあいで余計に買った、そのお裾分けだとのこと。

 せっかく頂いたのだから、と家人にゆでてもらって食べた。いくらか時間は短いくらいのゆで方だったが、別に固いこともなく、かなり美味しく食べられた。あれまあ、割にいいじゃないか...。それで、遠方の友人から問い合わせがあった時に、紹介した。いわば「取り寄せ」である。

 我が家でも、近所なので、もう一度、買ってきて食べた。やはりけっこうな味だ。比較すれば、最近流行の、機械打ちのセルフサービス式のそば店に比べて、負けていない―、いや、上まわりそうな気がした。

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 ついで、遠方の町へそば祭りに出かけた折に、道の駅で見かけて買った「生そば」。ソバ栽培が急速に拡大したらしい町で、そば屋も近年増えている。中にはけっこうな味の店もあって、感心した地域である。乾麺など蕎麦製品が数多く並んでいて、地場産業が育ってきたのかしら、と思った。じゃあ、試しに1つ買ってみるか、と。少し高かったが、まあいいだろう、と求めた。

 自宅でゆでて食べたら、意外に食べられた。感心して、その地の蕎麦のレベルを信用しかかった。食べ終わってから、改めてパッケージを見たら、販売は地元の業者だったが、製造は別の郡の工場だった。あれまあ。あの会社の蕎麦製造技術がそんなに向上したのか、と意外だった。加工を他の地域の会社に任せているようだが...本当は、すべてを地元の会社が作っていると、この先も楽しみになるのだが、さてどうなりますか...。

 もっとも、工業製品とはいえ「生そば」などは、その時々で、使う材料の質や量で味は違ってくる可能性がある。同じ商品であっても、いつも同じような味になるかどうかは不確かな気もするのだが。手打ちを名乗るそば屋も同じことかしらん...。

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 これが、大手の流通業者が売り出したオリジナル商品の「生そば」になると、また話が違ってくる。昨秋から冬にかけて、新聞だったか、小さな話題として、独自に国産ソバ粉を使った「生そば」を売り出したと報道された。気になって、求めてきて食べてみた。2食分で700円ほど。この世界ではたいへん高いものだ。家庭でのゆで方などが丁寧に書いてあった。味はなかなかのもの。従来の「生そば」に比べて、格段にいい。家庭の素人でも楽に調理して楽しめる。さらに、プロが商売用に使っても、相当に通用しそうな気がした。

 国産ソバ粉を多く(50%以上)使い、機械で上手に作ると、こんなに旨い蕎麦になるのか、とびっくりした。日本の麺製造技術は、ますます向上したのか、と感心した...。

 実はこの商品は、味だけでなく、別な面でも波紋を広げたらしい。それは、国産...主に北海道産のソバ粉を大量に買い占めた、と言われること。

 北海道は昨年は台風被害などで相当な被害を受けたようだ。その影響も定まらないうちから、全国的な国産ソバ粉不足が生じたらしい。つまりは、大手流通業者に、材料を押さえられてしまったというのだが。真偽のほどはわからない(ソバ粉の流通の不思議さがつきまとう...)。

 大手の店が年間通して安定したいい味を提供するとなれば、大量の材料を確保するはず。それかあらぬか、手打ちそばを得意とする信州のそば屋でも、昨秋からの流れで、どこか「新そば」の勢いが弱かったような気がした。出まわるのが遅かった、また「新そば」に切り替わったという華やかさが少なかった。

 そして味が、妙に凸凹があった。飛び抜けて「旨い!」と喜ぶ店がいくつかあった反面、「これが新そばなの?」と怪しむ店も多かった、本当は。後から気がついた、もしかしたら、恒例の北海道産「新そば」の提供が、ぐんと少なくなったのが原因かしらん、と。

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 長野県内でも、長野市などは典型的かと思うが、昔から「年越しそば」を食べる家庭が多かった。その蕎麦は、そば屋で食べる、そば屋が打った蕎麦を求めてきて自家でゆでることもよくやってきた。

 一方では「生そば」を大量に作って売り出す店もあって、長く人気を集めてきた。「年越しそば」は「生そば」がいい、と言われて、今も根強い人気を誇る。我が家でも何度か買ってきて食べたが、その「生そば」がどことなく上等なもの、という思い込みがあったように思う。そうした風潮の中で、「生そば」が静かなブームになってきたのかもしれない。

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 そもそも「生そば」とはどういうものか。

 江戸時代から言われてきた言葉として、「生(き)そば」がある。これには2つの性格があったようである。よく言われるのは、ソバ粉だけで打つ、つまり十割そばを「生(き)そば」と呼ぶ場合。小麦粉などのツナギを一切使わない、純粋なそば、という意味らしい。これは今でも使われる言葉で、「きそば」を名物にする店が、けっこうあるようだ。

 別の「きそば」は、一般には生きがいい、とか、美味しいそばですよ、という宣伝文句として使われる場合。今はこちらの方が多いかもしれない。そば屋の看板の1つとして、定着しているような気がする。「きそば」であれば、手打ちかどうかは問わないらしい...。

 そして最近の「なまそば」には、やはり2通りの意味があるように思う。

 1つは、乾麺に対しての言葉。作り立て、打ち立てですよ、という生きの良さが強調され、美味しいですよ、という意識が製造する側にも買う側にも定着しているようである。

 もう1つは、「ゆで」の表示のある麺に対する言葉として。既にゆでた、火を通した蕎麦が「ゆで」である。食べる時に軽くお湯に通すのがいい。これだとどうしても、柔らかい、軟弱な麺になりがちだ。だからというわけではないだろうが、どことなく、一番楽に食べられる、それだけ味が落ちる、という印象である。それは半分、しかたないことなのだろうが...。

 「なまそば」に引かれて、「ゆで」でも、国産ソバ粉を使っています、ソバ粉五割ですよ、と宣伝する商品が出てきた。食べてみて、けっこう美味しく食べられるのに感心した品もあった。

 比較のために、鉄道の駅近辺に見かける立ち食いのそば屋、あるいはセルフサービスの、素早く出来るそば屋を食べてみた。一概には言えないが、質のいい「なまそば」を家庭でゆでてみた方が、味がいい傾向だった。とすれば、いい「なまそば」を使って商売すれば、相当に人気を集めるのかもしれないな、と思った。そうした店が、大都会では始まっているのかもしれない...。

 こうして、「なまそば」「ゆで」などの商品が、機械化の技術向上と相まって、ぐんぐん味がよくなってきたような気がする。そして、いつの間にか手打ちと機械製の境界がぼやけてきたようである...。

2017年1月23日掲載

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