TOP2017年03月太いそば

太いそば

3月
27

 つい最近のこと。遅い昼食に、まだやっているかしら、と庶民的なそば屋に入った。市街地の店だったが、先客はいなかった。メニューを見て、いつもの「もりそば」でなく、歯の調子がよくなかったので温かい「きつねそば」を頼んだ。値段に差があって、手打ちだと100円高くなるのだという。普段は機械製を出しているのだ。たまにはいいか、と手打ちの方にした。

 丼に入ってきた蕎麦を箸で持ち上げたら、少し太い麺だ。あれまあ珍しい、と感心した。食べてみて、ホッとする。こうした温かい、柔らかい蕎麦には、手打ちのごつい作りが似合うなあ、と思った。

 いわば田舎風の作りである。少し歯に粘りつくような感触がある、そして例えていえば、喉ごしはよくない。逆に、これで喉ごしがよい麺ならば、駅の立ち食い蕎麦と同じで、腹に入ればいい、という味わい、食べ方になってしまう...。こういう太い、田舎蕎麦の良さもあるものだなあ、といろいろ思い出した。

     ☆

 ずいぶん昔のことだが、北信の山村である大岡村(今は長野市に合併した)の「山屋」というそば屋で何度か、太い蕎麦を食べたことがある。時には鉛筆くらいの太さの麺もあった。味は凸凹があり、たまに当たりの美味しい蕎麦にも出会えた。

 戸隠の蕎麦は、以前はみな、太いのが主流だった。だいぶ前から、細い麺が流行になり、今では太めの蕎麦は、ごく稀にしかお目にかかれない。...昔、名人と呼ばれた女性がもらしていた言葉が印象に残る。「細い蕎麦にするのは出来るが、あまり細いのは美味しくないので...」と、太めの蕎麦を客に出していたものだった。

 戸隠の隣の鬼無里村(今は長野市)の民宿で食べた「干葉のおこうがけ」という「とうじそば」は美味しいものだった。これはいったんゆでて玉にしておいた蕎麦を、食べる時に熱い汁の中で温めて、お椀に盛って食べるもの。この場合には、民宿のお婆ちゃんが打つ蕎麦が合っていた。若い息子が打つシャキッとした蕎麦は、「ざるそば」にはよかったが、「おこうがけ」では味がイマイチに感じた。それは村の女性たちとも一致した感想だった。不思議なものだった...。

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 長野市内で、それでも、と思って、いくつか、太い蕎麦をやっているかしら、という店を食べ歩いてみた。温かい蕎麦では、メニューの最初に「天ぷらそば」を書いてある店が多い。たいがいは海老天入りで1200円くらいするのだが...。庶民的な店では、海老が入っていても入らなくても、700円くらいで提供する店が、かなりあるのに気がついた。そうか、今や価格も相当にバラバラしているのかしら、と感心する。

 昔だったら、田舎そばの代表格の、戸隠流を名乗るそば屋は今も長野市内には多いが、その気になって比較すると、ほとんどが細めになっていた。ふだんは竹ザルに「ぼっち」で盛られたやや太めの蕎麦は、いかにもの戸隠流に見えるのだが、たまに温かいかけそば系で食べると、あまり太い麺の実感がわかない。どうやら、太い蕎麦というものが、今やほとんど無くなっているようだと気がついた。

 それで、最初にあげた、太い蕎麦が美味しいと思った店にまた行ってみた。その「天ぷらそば」は、麺が先日より細く感じた。あれまあ、この前は太い蕎麦だと錯覚したのかしらん...。それでも食べすすむと、太ささだけでない、手ざわりのする安心感のようなものが、口のなかで、またお腹の中で心地よかった。蕎麦とは、やはり、どこか、作り手の気持ちが、食べる人にも相当に反映しているような気がした...。

2017年3月27日掲載

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