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寒のそば今昔

3月
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 過日、テレビで新潟県上越地方の「寒ずり」を放送していたのを偶然見かけた。唐辛子を雪の上に晒すところが見事だった。隣の黒姫(信濃町)から蕎麦を持ち込んで、調理して食べる、寒ずりを使うと美味しい、と。

 そういえば昔、飯山市富倉の民宿の食堂で、割と不味い蕎麦を食べさせられたことがあった。店の人がサービスにと「寒ずり」を出してくれたので、ちょっと使ってみたら、格段に旨い味に変身した。これで終わりまで気分よく食べたのだった。感心して、「寒ずり」を買って帰り、家で試したが、同じ旨さにはならなかった...。品質も値段も相当に違う製品があるらしかった。

 ...どことなく、辛さと旨みが混じりあって、蕎麦などを美味に変化させて食べる、というのが冬場の農民の知恵だったのかもしれない、と思うことがある。唐辛子に限らず、信州で言えば「辛味大根」とは、本来、そうした味だったのではないか、と。その延長に、辛味大根の神話が生まれ、それが激辛ブームとくっついて、今のように「おしぼりそば」が注目されるようになったのかと推測するのだが。

 今冬、埴科・更科地方でたまたま辛味大根に関して貴重な体験をした。温泉地の老舗では、「おしぼりそば」のごく辛い汁に出会った。辛いだけで、大根の新鮮な風味がまるで感じられない蕎麦。本来は辛い汁は蕎麦の弱点をカバーしてくれるものだが、そんな役割は感じなかった。逆に、隣の町の辛味大根の本場では、辛味のほとんど無い「おしぼりそば」を食べることが出来た。どちらかといえば、甘みがある、特徴的な「あまもっくら」が目立つ味わいで、大根らしい鮮烈な風味もともなっていた。本場の、真冬の楽しい味、と納得した。

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 1月中旬、塩尻市のいくつかのそば屋で開催していた「寒そば祭」をのぞいてみた。寒の時期には一段と美味しくなる、という話は昔から聞いていたので、それに合わせたイベントかしら、と思った。2~3店を食べ歩いたのだが、困ったことに、「寒そば」なるものの特徴がわからなかった。また、寒の時期だからという旨さもしない。食べ歩きをしているような地元の客のにぎわいも見えなかった。実際には、よくわからないイベントに感じたのだった。

 昔から、秋に収穫した玄ソバの新そばは、年を越した1月、2月が美味しいんだ、と解説してくれるそば屋がいくつかあった。少し落ち着いてからの方が本物のいい味になる、というわけである。...たまに、その通りのそば屋に出会うこともあった。しかし近ごろは、あまりそんな話は聞こえなくなった。

 寒の時期が一番美味しいと聞いたことのある、ある高級そば屋に、久しぶりに訪ねて食べる機会があった。ご主人に聞くと、その話には乗ってこなかった。それよりも、近年の信州の地粉の味が少し怪しくなってきた、と嘆いていたのが印象的だった。自分で農家から直接買い入れ、自分で石臼で挽く、という本格派である。仕方ないから、県外の特定の産地の玄ソバを使っているという。それを聞いたからか、別に注文した「そばがき」では、ソバ粉に苦労しているなあ、という感想を持った。蕎麦の味は、さすがの腕前を感じたのだったが。

     ☆

 寒の時期の話題の一つに、「寒晒しそば」の試みがある。冷たい川の水に一定期間浸し、それを乾燥させて保管し、夏にそば切りにして提供する、というもの。今年も県下各地で行なわれたようである。地域の特産にするべく、関係者が苦労して製品化する。雪の中にしばらく保管する、雪室のような設備も作って、などの工夫もあるようだ。既に粉屋の商品の一つとして商売にも広まって、すっかり定着しているように見える。粉の値段、ひいては店で出す蕎麦の価格も少し高めのものが多い。食べてみると、味はそこそこにいいような気がする。「寒晒し」だからというより、初めから粒のそろった優秀な玄ソバを使うから美味しいのではないか、と想像する味が多いように思う。基本は、使う玄ソバの品質が左右するのではないか、と。

 これと同じ話なのかどうか...。高原地帯では昔、冬になる前に、水車でソバ粉に挽く、越冬する自家消費をそっくりやったものだ、と何ケ所かで聞いたことがある。高原の細い水流は、厳冬期には凍って流れなくなる。その前に一冬分を製粉してしまうわけである。今もそうしている、というそば屋の話を聞いたが、味はそんなに落ちない、ということだった。

 また、現代風に、寒の時期に製粉しておき、冷凍保存して1年中使うのだ、と、町なかのそば屋の話を聞いたこともある。高原地帯の有名店でも、大量に製粉しておく、夏まで味は変わらない、と聞いたものである。

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 今冬の信州のそば屋の商売は、かなり低調だったようだ。いわゆる「冬枯れ」だが、もちろん、店により凸凹はある。

 たとえば、繁華街にある中堅のそば屋。たまに表を通る時に見かけると、昼食の営業をほとんどしてないようだった。どうやら、昼の商売は減らして、夜の飲み屋の商売に力を入れているらしかった。...一時は出張帰りのそば好きが、まずここの蕎麦を食べて一息ついてから会社へ戻った、などと聞いたものだったが...。

 たとえば、善光寺の「長野灯明まつり」の時、2月7~12日に一緒に開かれる「門前そば屋のそば食いねえ」のイベント。1枚(杯)400円で半ざる(半かけ)そばを食べられる、参加10店舗をまわりスタンプを押してもらうと、その数により割引きが出来る、10店全部をまわると記念品がもらえる、というもの。毎年、かなり多くの愛好者が食べ歩きをして、猛者などは1晩で10店全部をまわるのだそうな。

 今年の参加店は10店。以前は12~13店が参加していたと記憶する。私はゆっくりまわったのだが、食べ歩きを急ぐ好事家たちの殺気立った雰囲気は今年はほとんど行き会わなかった。そして、終盤ころにようやく10店を制覇したのだが、満店?の記念品はまだもらうことが出来た。食べ歩きに入れ込むそば好きが、かなり減ってきているらしかった。蕎麦の味では、まあまあが半分、これでは困るが半分くらい。蕎麦の美味に引かれて、という傾向はほとんど感じなかった。ふだん美味しいと地元で評判の店には、やはり客が多かったが...。

 こうしたイベントの盛り上がり状況を別としても、だいぶ前から、冬場のそば客は少ない傾向だった。「冬枯れ」と呼ばれて、どこの店も対策には頭をひねっているのだが。

 それにしても、今年の「寒のそば」は、全体にあまり冴えなかったような気がする。玄ソバの産地による味の違いがあり、その良さを発揮できない技術の衰退も関係あるか、と考え込むことが多かった冬だった。

2018年3月23日掲載

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