TOP2018年04月「とうじる」とは  とうじそば考(2)

 その後、奈川村(現松本市)では、蕎麦がだんだん名物になってきた。旅館だけでなく、一般食堂がそば屋になり、あちこちで食べられるようになった。そして「とうじそば」はなぜか、「投汁そば」と書くようになっていた。

 苦心して漢字を当てたのだろうが、「汁を投げる」とは、少し乱暴な命名だった。しかし、誰も、ほかの漢字を当てることはなかったように思う。

 私は「とうじる」の意味を確かめるべく、昔のやり方を知っている古老などにしつこく聞くこともあった。そしてだんだん、これは「湯じる」と書くとわかりやすいのだろう、と思うようになった。

 「とうじる」ことを、昔はどうやっていたのかと詳しく聞いて、なるほどと思ったのは、飯山市富倉の民家に泊まった時だった。

 富倉では最初、昭和54(1979)年9月に「ヒャット」というユニークな祭りを見ようと訪れて、村内の食堂でヤマゴボウの繊維をツナギとする蕎麦を食べた。この時には、ゆでた蕎麦を玉状に小さく丸めて竹ザルに盛って出してくれた。あれまあ、ここでも戸隠と同じように盛るのか、と感心した。姿からは、新潟県の「へぎそば」の並べ方に似ている、と思った。雪深い地方の共通のやり方かしら、と。

 そして昭和61(1986)年9月、やはり「ヒャット」を見学に出かけた民家では、お願いして手打ちそばを作ってもらったのだが、いい味だった。そして昔の話を聞いていたら、やはりこの地方では、蕎麦は寒い時期に食べるもの、そして「とうじそば」で食べるのが普通だった、との話だった。以前見かけた、ザルに玉状に盛りつけてあったのを覚えていて、改めて聞いてみたのだった。そのやり方は、ゆでて玉状にしておいた蕎麦を、いったん熱いお湯に通して温め、それからお椀に盛り、汁をかける、というものだった。そうか、お湯に通すから「湯じる」か...。

     ☆

 似たような話は、北佐久郡御代田町で聞いた。これは「うどん」の伝統的な食べ方を町の名物にできないか、と「おにかけ」などと呼ぶ、汁で「とうじる」やり方を、商工会婦人部の皆さんが研究する場面に立ち会った時のことである。

 家庭にあったトウジカゴを持ち込み、やはり具だくさんの汁を作る。籠に玉状のうどんを入れて、汁の中で湯がくようにして温め、お椀に盛る。戸隠の蕎麦と同じようなことを「うどん」でやったのだった。いくつかの組が競って作ったのだが、話を聞いてみると、微妙にやり方が違うこともあった。中には、沸かしたお湯で温め、丼に盛る。そこへ汁と具(おこう)をすくってかける、というやりかたを主張するグループもあった。なるほど、ここでもお湯に通すから「とうじる」か、と納得した。

 汁の具のことを「おこう」と呼ぶのに、なつかしさがよみがえった。私は東信でも上田市の郊外の農村出身だが、やはり「おこう」という言葉を使っていた。なるほど、どこでも使っていた、今も使う言葉だったんだ...。

2018年4月27日掲載

前の記事  サイトトップに戻る  次の記事

著者プロフィール