TOP2011年05月住民が語る栄村の教訓(14) げた履きヘルパー・桑原真弓さん

<村外避難で利用者が減少>

 本震の後、しばらく家の中にいた。びっくりして体が動かなかった。余震で家が音をたてた。崩れるかもしれないので家を出た。夫と、小学2年から高校2年までの子ども3人の計5人で車に乗り、明るくなるまで道路に駐車して過ごした。

 ガソリンがほとんど残っていないので、暖房を入れては消してを繰り返した。朝になって区の公民館に移動した。私たちの北野区は周辺の区と共に村の温泉宿泊施設「北野天満温泉」に避難することになった。自宅に戻り、飼い猫を連れて避難所に向かった。

 北野区は道路も家も大きな被害はなかった。同温泉は地震の影響で入浴できなかった。マイクロバスで村外の入浴施設に連れて行ってもらう時、森や青倉など被害の大きかった区で家がつぶれているのを見て驚いた。同じ村の者としてつらかった。

 げた履きヘルパーの制度は、雪の多い栄村で介護が必要な家庭にすぐヘルパーが駆けつけられる仕組みとして2000年に始まった。訪問介護とデイサービスが主な仕事だ。女性20人ほどが活動している。

 地震後に仕事は減った。お年寄りが病院や施設に入ったり、村外の子どもの家に身を寄せたりしたためだ。私は地震前に5人の訪問介護を担当していたが、3人は村外に出て戻っていない。2人は体調を崩して入院し、1人は関東に住む息子さんが引き取った。

 デイサービスは村高齢者総合福祉センターが壊れて使えなくなり、5月16日に長瀬区の入浴施設で再開した。だが、長瀬の施設は車いす利用者や寝たきりの方の入浴を介助する設備がないので利用者は以前の半分強だ。

 私の収入もがたんと減る。家のローンが残っているし、子どもたちを大学に行かせたい。食費を少しでも浮かそうと、フキノトウやコゴミ、ワラビ、ゼンマイをたくさん採って食べている。

 村外に出たお年寄りは村に戻ってくるだろうか。村は住みよい所と言われている。でも、収入が限られているお年寄りが地震で壊れた家を直せるか。現実は厳しいと思う。

2011年5月30日掲載

災害用掲示板(安否確認)