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「奇跡の男たち」に大歓声 80年五輪快挙の17人点火
2月10日(日) 掲載


 【ソルトレークシティー(米ユタ州)8日共同】夜空にそびえる聖火台の下に現れたのは、胸に「USA」のマークがついた背番号21のジャージーを着た男だった。場内を期待に満ちた歓声が包む。さらに同じユニホームを着た十七人が歩み寄り、トーチを高々と掲げて円陣をつくる―。

 八日の開会式で最後まで秘密にされた聖火台への点火者は、一九八〇年レークプラシッド(米国)冬季五輪のアイスホッケー米国代表チームのメンバーだった。史上最大の番狂わせと称されたソ連からの歴史的勝利を挙げ、金メダルに輝いた面々だ。

 聖火台にともす栄誉がチームに与えられたのは、五輪史上初めて。「はじめは自分だけかと思っていたら、四日前に全員が来ると言われた。でも何をやるかは昨晩の一時まで知らされなかったんだ」。当時のマイク・エルジオン主将が興奮気味にまくし立てた。

 五輪後に「ミラクル・オン・アイス」(氷上の奇跡)として映画にもなった快挙は、米国人にとって今も語り草だ。東西冷戦の真っただ中だった八〇年、当時のソ連は「ステートアマ」と呼ばれる国家が養成したエリート選手を五輪へ送り込み、五大会連続金メダルは確実と見られていた。

 北米プロリーグ、NHL選手の五輪参加は認められておらず、米国は大学生選手を集めたチーム。その若い集団が決勝リーグで大接戦の末ソ連を4―3で破り、勢いを持続して二十年ぶりの金メダルを手にした。

 当時は若かった選手たちも、今はおなかの突き出た四十代。エルジオン主将は「このユニホームはもちろん複製。サイズはちょっと大きい」と笑った。

 二十二年前と今回の冬季五輪には、不思議な結び付きがある。八〇年に米国を率いたハーブ・ブルックス監督が、奇跡の再現を託され、NHL選手で固めた今大会でも指揮を執る。

 「ある種の巡り合わせを感じる。選手は政治をどうしようもない」と話したエルジオン主将らに人々は強い米国の姿を重ねたのかもしれない。




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